迷い犬

 夕方(た)がルーシーを散歩させている間、(あ)はスーパーに徒歩で買い物に出かけた。家の側まで戻ってきたところ、一匹の迷い犬を発見。雄のイエローラブ、赤い首輪をしているが、リードも装着していなければ飼い主の姿も見あたらない。ラブはこちらに気がつき近づいてきたものの、すぐに興味を失ってスタスタと行ってしまった。
 (あ)は荷物を抱えていたので急いで帰宅し、リードとおやつを持って、このワンちゃんを捜しに出た。周囲を走り回り近所の小学校のあたりへ来たところ、別のワンちゃんを連れた女性と野球のユニフォームを着た男の子に出会った。見ると男の子は、くだんのラブの首根っこを押さえている。彼女たちは、ルーシーが散歩の途中で時々出会うハッピーちゃんの飼い主さんだった。
 とりあえずラブにルーシーのリードを装着し、ラブの様子を見る。ケガはなさそうだし、体は綺麗だ。太ってはいないけれど、痩せてもいない。おやつを出しても食べようとしないから、お腹は減っていないようだ。
 三人で辺りをキョロキョロしたが、飼い犬を探している様子の人は見あたらない。ハッピーちゃんのお姉さんが、携帯電話で警察に連絡し、ラブを駅前の交番に連れて行くことにした。
 交番で事情を話し連絡先を書いているところに電話が入り、どうやら飼い主がラブを探しているらしいことが分かった。こちらは安心して帰ろうとすると、警察官は「飼い主が来るまで待っていて」と言う。ま、良いけどさ。
 交番の外でしばらく待っていると、見るからにヤンキーぽい二人が現れ交番の中に入っていった。犬がケガをしていないかとか心配したり、交番に急いで来たという様子ではない。一人の警官にパトカーの中の犬を確認するように言われ、それが自分たちの犬だと分かると、そのまま連れて行こうとする。警官は、届けた側の連絡先を訊いたり、犬を保護した状況について説明を求めたりしたのに、(あ)が見たところでは、なぜか受け取り側には身元確認や連絡先を求めたりしていなかった。この警察官の態度は、あきらかに厄介払いをしているように見えた。その上、届けた人間を自分たちの都合で待たせておいて、そのまま放っている。
 (あ)は飼い主に歩み寄り、直接「貴方、あのワンちゃんの飼い主さんですか?」と訊く。「ああ、ハイ」とヤンキー兄ちゃん。「この子たちが、あのワンちゃんをここまで連れてきて、届けてくれたんですよ。一言お礼を言ってください。」
 こんなことを言う立場にはないかもしれないが、ハッピーちゃんのお姉さんとお兄ちゃんは良いことをしたはずなのに、このままだと警察にも褒められず、飼い主にも感謝されないことになる。それは間違っていると思ったのだ。
 ヤンキー兄ちゃんは「ああ。ありがとね。」と、お礼らしき言葉を言った。しかし、犬をつなぐリードを持ってきていなかった。アンタら、一体何しに来たの?
 警察にとっては、迷い犬は拾得物でしかないかもしれない。しかし、この拾得物は命なのだ。車道に迷い出て轢かれてしまう可能性だってある。受け取る人が本当の飼い主かどうか、確認すべきではないか?また飼い主と言っても、必ずしも同じ価値観を持っている訳ではないから、自分の考えを押しつけることはできない。それは分かっているけれど、やはり犬を飼う以上は命を預かっているという意識を持ち、物を言えない自分の家族を気遣う気持ちは持っていて欲しいと思う。
 飼い主が、このラブを捨てた訳ではなく、警察に問い合わせをしただけでも良しとすべきなのだろうかね?