ややこしい時代

 夕方の散歩に出たところ、高齢の女性に声をかけられる。
 「グレーの帽子を被って、杖をついた男性を見なかったですか?」
 見なかったと答えると、小走りで次の四ツ辻へ行き、キョロキョロ。その表情が気になった。
 「私たちは、散歩に行くところなので、見かけたら、ご連絡入れましょうか?」と声をかけた。
 最初は「ご迷惑でしょうから」と断られたが、こちらが「失礼ですが・・・迷っても、お一人でご自宅に戻られる方ですか?」と尋ねたら「いいえ」と仰る。
 訊けば、散歩中によく出会い、ご挨拶するご主人だった。飛びついて甘えようとするルーシーに「可愛いけど、ワシは怪我したら血が止まりにくい体質やから、怖くて、よう触れんわ」と仰った。
 ご主人は、ご自宅から地域の施設へ行かれたそうだが、行方がわからなくなった。施設は、自宅から30mほどの一本道。普段から、奥様は、ご主人に「このルート以外は歩かないで」と言い含めておられたらしい。しかし、この日は、別の方向へ歩く姿が目撃されていた。携帯を持たせて、服には連絡先が書かれているとのこと。
 捜索対象は、足が悪いから遠くへは行かないと思われたが、高齢の女性が独り徒歩で探し回るには、地域が広すぎる。
 とりあえずワシらも、散歩がてら、バス道から、車通りのある箇所を歩くことにした。途中で出会う方に声をかけた。自治会の役員をされている方にも出会ったので、事情を話して、見かけたら連絡先にご一報いただくようにお願いした。
 何人かに声をかけたところで、ある方が「あぁ、その方なら見つかったようですよ。」と仰った。ご主人は、やはり自宅とは別の方向に歩かれていた。転倒し、動けなくなったところを保護されたそうだ。ケガをされたのは不幸だが、遠くまで行ってしまう前に見つかったことは、探す側にとっては幸いと言って良いだろう。
 (あ)が、前述の自治会役員さんにも、捜索対象が無事保護されたことを伝えて、お礼を言うと、
 「ここも、そういう時代になってきたんやねぇ」とタメイキをつかれた。
 「どこのお家の方?」と訊かれ、一瞬言って良いものか悩んだけれど、今後も発生する可能性があるし、相手が役員さんなので、お知らせすることにした。
 自治会では、認知症の住民に関する情報は――個人ベースで出されるもの以外は――把握されていないそうだ。災害時の避難活動については、支援を要する世帯は、その情報(例:目や耳が不自由)を自治会に提出してもらっているそうだけど。
 「その情報も、市役所には提出されるけれど、それ以外には出さないで欲しいと言われていてね」
 プライバシーに関わる情報だし、防犯上の理由もあるだろうし、そこは理解できるんだけど。
 高齢者人口がどんどん増えて、老々介護が問題になっている昨今である。また、認知症の高齢者が、自分の名前すら思い出せず、行方不明になり、何年も経過した後に、自宅から遠く離れた介護施設でお世話になっているところを発見されたと報道されたのは、記憶に新しい。子供の見守り活動もさることながら、高齢者の見守りも必要になっていることは明らかだ。
 しかし、情報が地域で共有されないことには、見守る対象すら分からない。認知症で徘徊している高齢者も、ウォーキング中の高齢者も、見た目で区別できないではないか。
 どこまでの情報を、誰まで出せるものなのか?
 そろそろ考えるべきじゃないかしら?
 あぁ〜、ややこしい時代になったもんだ=3