ブツブツ

 ルーシーは「おすわり」と「ふせ」ができるのだが、厳密に言うと、これらを区別できていないようだ。大概、この二つのコマンドはセットで来るものだから、彼女は、「ふせ」が「『おすわり』の後のやつ」と認識しているらしく、飼い主の気まぐれで「おすわり」「おすわり」と同じコマンドを続けられると、うっかり伏せてしまい失敗する。そんな時は、「あぅぅ」と、口の中でブツブツ言う。間違えたのは自分だけれど、プライドが許さないらしく、事実を認めたくないらしい。「イヤなことは全て飼い主のせいだ」と思いたいのだ。しかし、ここで大きな声で吠えて不満を訴えたら、目の前のエサをもらえない。元も子もなくなるので、あくまで飼い主とは目を合わせずに、ブツブツ言うだけに留めている。
 今日は、新しく「ハンド(お手)」を教えた。結論から言うと、失敗である。「おすわり」の後は「ふせ」が来ると理解しているので、どうしても「ふせ」をしてしまう。はじめは「お手」という言葉が「ふせ」に聞こえるのかもしれないと思い、コマンドを「お手」から「ハンド」に変えてみた。しかし、「ハンド」と聞いたことのないコマンドに対して、何のためらいもなく、伏せていた。
 耳でコマンドを聞いただけでは、理解できないのか?今度は手のひらを彼女に見せ「ハンド」と言ってみた。ところが「ふせ」をしてしまう。考えたら「ふせ」のジェスチャーに似ている。手のひらが上向きか下向きかの違いである。頭はエサのことでいっぱいなのだ。そこまで彼女は認知できない。かくして、飼い主への不満「あぅぅ」が出て、寝ころんでしまう。上目遣いに「もう、エサも要らない。放っておいて。アンタ、私に要求しすぎるよ。」と言いたげである。
 新しいことを学ぶ意欲のない犬に、押しつけてもしょうがない。ますますイヤになるだけだ。「今日は、これくらいにしといたる。」と、こちらも口の中でブツブツ言うだけに留めた。