砂漠の豆作戦

 家に上がる前は毎回玄関先で足を拭くのだが、上がり框に座って膝の上でルーシーを仰向けに抱っこする度に、唸られたり、歯を剥かれたりする。N先生からは「唸っても無視すれば?」という意見もいただいたけれど、ルーシーの生来の反抗的な性格と彼女が未だ成長過程にあることを考えると、飼い主としては無視し難い。なんだか相手に信用されていない気もする。
 試行錯誤を繰り返し、(あ)が最終的に選んだ方法は「砂漠の豆作戦」である。ま、季節がら節分の豆が、たまたまあったからで、他のおやつでも良いんだけど。
 抱き上げる前に、ルーシーに自分の目を見つめさせる。ルーシーにとって、実はこれも苦手なことの一つだ。(あ)はルーシーの顔を両手で捕まえ持ち上げて、視線を合わさせる。当然、ルーシーはこちらの視線を避けようとするが、少しでも合わせたら豆を与える。視線を合わせたら豆がもらえることが分かったら、次は合わせる時間を少しずつ延ばしていく。強制されなくても、自発的に目を合わせるようになるのが目標だ。ただし、当作戦においては、これは準備段階に過ぎない。こちらにおやつの用意があることと、言うことを聞いたら褒美がもらえることを、相手に印象づけておくためのものだ。
 次に「ルーシー、お母さんが抱っこするけど『ウ〜』言ったらダメよ。『ウ〜』言ったら、お母さんが豆をもらうからね」と言い聞かせる。ともかく仰向けだっこがイヤなルーシーは、どんな些細なことでも反抗を正当化する理由にしてしまう。「何も言わずに抱っこするのはフェアじゃない」とか、文句を言われかねない。
 ゆっくりとお腹の下に手を入れて、膝の上に仰向けに抱っこする。唸らなかったら褒めて豆を一粒与える。雑巾で一本目の足を拭き、それでも唸らなかったら豆を二粒与える。一方、ここまでの段階で唸った場合は、豆を自分で食べる。初めて、この作戦を実行した時、ルーシーは大変なショックを受けていた。今回唸って豆がもらえなくても、いつかは自分の口に入るはずのものが、自分以外の者の口に入り、取り分が確実に減ることが分かったからだ。
 この作戦は、今までの作戦の中では一番効果的だ。ルーシーは抱かれた瞬間こそ「ウ」と声を発することはあっても、(あ)の「ん?なんか言った?」という指摘に、すぐに止めて豆の方を見る。時に大きな声で唸ることもあるが、(あ)がルーシーの耳のそばで、聞こえよがしにボリボリと豆を囓ると、「お母さん、本当に食べてるの?」と口元のニオイを嗅いでくる。そして明るい声で「本当に食べてるよ〜」と言われると、ガックリと頭を垂れて静かになる。
 ただし、一つだけ誤算があった。唸らずに我慢できた時、ルーシーは自分が豆をもらっていながら、たびたび頭を持ち上げて(あ)の口元のニオイを嗅ぐ。(あ)が、豆をつまみ食いをしていないかと確認するのだ。その度に「食べてないってば」と答えてやらなければならない。
 ルーシーの頭の中では、何にしろ与えられた指示に従った場合、もらえる褒美は正当な報酬らしい。最終的にはフードを与えられなくとも、褒め言葉をかけられるだけで、喜んでこちらの指示に従うように、しつけなければならないんだけど。はぁ〜道のりは遠いなぁ(タメイキ)。