運動会

 ルーシーが参加する初めての運動会である。これは、しつけ教室に通うワンちゃん達が参加するものだから、規模は小さいけれど、それでも40匹ものワンちゃんが集まった。それもピレネー犬から柴犬ちゃんまで、種類もサイズも年齢もバラバラだ。
 種目もアジリティやフリスビーなどタイムや距離を競うものではなく、普段の授業で習ったことをベースにしているので、飼い主にとっても気が楽だ。見知らぬ場所で、別のクラスなどで会うことがないワンちゃん達に囲まれ、新しいことをするのは大変だからだ。
 例えば「待て」がテーマの種目では、飼い主は、犬に「お座り」または「伏せ」の姿勢を取らせて「待て」の指示を与える。この状態でさまざまな刺激が与えられるが、犬は特定の姿勢を保たなければならない。立ち上がった場合には、その時点でアウトである。ルーシーが通うシツケ教室は、クラスが別れているため、種目内容の難度もクラスによって異なる。入門・初級の場合は、「自分の側をボールが転がる」「自分の側に傘を持った人が近づき、突然傘を広げる」「ガメラのマスクをつけた怪しい人が挨拶する」「自分の側を知らない男の人が駆け抜ける」という刺激が次々出される。難しい場合でも「犬の周囲を、飼い主が頭の上で手を叩きながら回る」くらいだ。
 しかし中級以上になれば、同じ「待て」のゲームでも非常に難しい。「オペラの衣装を着た怪しい人が挨拶する」「自分の側で、おやつの入った袋がガサガサという音をたてる」など、わざと犬の集中をかき乱すような、意地悪で、さらに強い刺激が用意されている。おやつ袋が出されたのを見て、バドちゃんのお母さんと(あ)は「あ〜、ダメだ!うちの子はダメだ!!」と、実際には参加していない競技に参加したつもりになって、結果を想像して絶望してしまった。
 最高レベルの戦いになると、飼い主が自分の犬に「待て」と指示をして、リードを知らない人に渡す。そして、飼い主は犬が見えないところへ移動して、しばらくしてから戻る。その間「犬はずっと待っていられるか?」というもの。
 バドちゃんのお母さんは「ウチはダメだ!」と嘆かれた。確かに、バドちゃんは、運動会の最中お父さんやお母さんが席を立つ度に「どこ行くの?行っちゃイヤだ!」と立ち上がり、キュンキュン鳴いていた。「いつも一緒にいたい」
という気持ちを素直に表現していて、傍から見ていて、いとおしくなるワンちゃんだ。ルーシーは結構冷めたヤツなので、リードを持つ人が知らない人に変わっても気がつかないかもしれない。戻ってきても「ん?」てな感じでクリアできるかも。でも、その前におやつ袋で退場だからなぁ。
 飼い主さんが、「待て」の指示に従い続けてきたワンちゃんのところに戻る。しかし、ワンちゃんのところまで、あと3歩で到着というときに、一匹のワンちゃんがお尻を上げてしまった。本当は「待て」のコマンドを解除するまで、同じ姿勢をとり続けないといけないのだ。
 飼い主さんが、知らない人にリードを渡して、自分から去っていく。この段階では、犬には飼い主さんの声も顔の表情も見えるから、意外と「待て」の姿勢を維持できるそうだ。しかし、戻ってくる飼い主さんの姿が見えた瞬間と、自分に近づいてくるまでの時間は、嬉しさが自制心に勝つことが多いらしい。ワンちゃんの中の葛藤を考えると抱きしめたくなるし、飼い主さんの気持ちを考えると「怒るに怒れないだろうなぁ。」と思う。
 「待て」のゲームでは、圧倒的に年長のワンちゃんが強い。子犬や大人になりかけのワンちゃんは好奇心が強く、相手の正体を確かめたい気持ちが強い。また、年長のワンちゃんは、それまでにいろいろな刺激を受けて知っていることもあり、容易に動じない。
 中級クラスの優勝者は1才7ヶ月の柴犬だった。うーん、7ヶ月しか違わないのに、ものすごい集中力で、飼い主さんの顔を見ていた。周囲で何が起ころうとも、視線を飼い主さんの顔から外さない。おやつ袋の音には反応して、そちらの方をチラッと見たけど、すぐに飼い主さんの顔に視線を戻していた。
 ルーシーは今度中級なんだけど、大丈夫かなぁ?1才ちょっとで落ちこぼれるなんて早すぎるぞ。