鏡の国のルーシー

 ルーシーは、何かを覚えたり、自分で考えたりしようとしない。オリジナリティー溢れるイタズラもしない代わりに、覚えたコマンドも、その場の雰囲気を察して、やっている感じがする。だから、当てずっぽうにやったことがグッドと褒められることも多い。
 「マット」→「待て」→「伏せ」→「お座り」と連続技をさせる時、「伏せ」の次は「ゴロン」だと、自分で勝手に判断して、要求されてもいないのにお腹を見せたりする。また、よしんば「お座り」をしたとしても、お尻はマットから外れている。先に与えた「待て」のコマンドを、すっかり忘れてしまっているからだ。ま、後者の例はしかたがないにしろ、すべてのコマンドについて、ひとつひとつをしっかり覚えていないようだ。
 遊んでいたオモチャを隠された時、自分で探すのも苦手だ。(あ)がルーシーの目の前でオモチャを新聞の下に隠すと、ルーシーはそれを最初から最後まで見ていたはずなのに、(あ)や(た)に「ねぇ、オモチャちょうだい」と甘えてみせる。罰を与えられたと思っているのか、それとも本人がズボラなのか、どちらにしろ集中して覚えようとしていないようだ。
 という訳で、実験をしてみた。
 人間は3才くらいで、鏡に映った像を自分の姿なのだと認識できるようになるらしい。犬の場合、総じて成犬の知能は人間の3歳児程度というから、体だけは大人になったルーシーでも、鏡に映った自分の姿を認識できるのではないか?
 我が家の廊下には、壁に姿見が掛けてある。ルーシーは、我が家に来て以来、毎日廊下で走り回っているので、姿見の存在は知っているはずだ。ただし、破損してケガでもされては困るので、姿見は床から約50〜60センチほどのところに設置しているので、ルーシーが覗き込んでも、せいぜい鼻先くらいしか映らない。
 この姿見を床に下ろして、ルーシー全体が映るように壁に立てかける。ルーシー、今回は「ぬ〜ちゃん」じゃないぞ。さぁ、どうする?
 ルーシーは、遊んでいた黄色いピーピーボールを口から取り落として、玄関の方へ走って逃げた。安全な距離を保ちつつ「私は見てませんよ」という素振りをしながら、チラチラ鏡の方を見る。(あ)が「可愛いワンちゃんだねぇ」「ルーシー、大丈夫だよ」と言いながら、鏡の横に立つと、ようやく警戒しながら、そろそろと近づく。鏡の中の自分に挨拶をしようと、鼻を鏡の表面につけてニオイを嗅ぐ。・・・冷たい。犬のニオイがしない。困惑の表情を浮かべるルーシー。鏡の裏に頭を突っ込もうとする。何もいない。どうして???

 ここまでは(あ)も予想していた。次は、鏡の中の自分に向かって「遊ぼう」のポーズをするか、吠えてみるかだろう。
 ところがルーシーは、ボールを取りに行ってしまった。ぬ〜ちゃんより、リアルに動くワンコが、そこにいるのに。そして、何もなかったかのようにボールで遊び始めたが、その間、鏡の方を決して見ようとしない。
 そこで(あ)が鏡の前に立ち、ルーシーに見せた。「ほら、ルーシー。お母さんが二人だよ。」シンクロする像を見せるため、少し動いてみせる。「ねぇ、ルーシー、あっちのお母さんと一緒にいる可愛いワンちゃんは、だあれ?」そろそろと鏡に近づくルーシー。非常に緊張している様子。
 鏡まで、あと10数センチというところで、ルーシーが急にターン。(あ)の後ろに回り込み、指示されてもいない「ついて」をやって見せた。振り返りながら「どうしたの?大丈夫だよ。」と声をかけると、ルーシーは文字通り尻込みして(あ)の背後に回り動こうとしない。また(あ)の顔も見ようとしない。よほど怖かったようだ。
 実験結果:ルーシーは頭が子犬のままで、人間の三歳児に匹敵する知能は持ち合わせていない。

うーん、結果は分かっていたんだけどね〜。昔、ぬ〜ちゃんに向かっていったガッツはどこへ行ったんだ?