ゴーくん

 朝の散歩にF公園へ。途中で久しぶりにゴールデンのゴーくんに出会う。ルーシーを飼い始めた頃から、ゴーくんの飼い主さんはルーシーを可愛がってくれて、(あ)には何かとアドバイスを下さっていた。体の大きなワンコは優しい子が多いけれど、ゴーくんも例外ではない。ルーシーが「遊んで」としつこく訴えると、巨体を揺らしながら少しの時間でも一緒に走ってくれて、また、ちょっとビビッている様子を見せると、自らお腹を見せて「怖くないよ」と言ってくれる。芝生の広場で、チビ犬を相手にお腹を見せてゴロゴロしている姿は、なんだかとてもユーモラスで可愛らしかった。(あ)が「ゴーくん、ごめんね。ルーシーのワガママは無視してね」と言うと、飼い主さんは「ゴーくんは年だからねぇ。走れないけど、他のワンちゃんに会えるのが嬉しいのよ」と言って下さっていた。
 最近ゴーくんに会う機会がなかった。もともとゴーくんの散歩は、出かける時間が早いし、あまり長距離を歩かないと仰っていた。それに昨年は急にアレルギー症状を発症して毛が抜けたりと、なかなか外出するのも難しかっただろうと思う。それでも今日のゴーくんは、綺麗に毛が生えそろって元気そうだった。
 大型犬にとって、10才という年齢は一つの山のようだ。若い頃のようにボールを追いかけて走り回ることはないし、マーキングや権勢争いに精を出すこともない。飼い主さんとの関係は、ますます密になり、穏やかにお互いをいたわり合う日常を過ごすことになる。周囲からの刺激の大半は、これまでに経験しているから、ちょっとやそっとでは、パニックを起こすこともない。皆、飼い主さんに従順で、余裕のある優しい表情を浮かべている。そのようなワンちゃんを前に、飼い主さんが「この子は今はこんなんだけど、子供の頃、手が付けられないやんちゃでねぇ。」などと仰ると、ちょっと驚いてしまう。「ルーシーでも、いつか賢いワンコになれるのかしら?」と、期待がふくらむ。
 ゴーくんも10才。レトリーバー系には特に多いそうだが、癌が見つかったそうだ。ある日、肺と心臓の間に水がたまり、急に倒れて病院に運ばれた。水を抜いて治療を施し、今では随分元気になったが、根本原因の癌の病巣は取り除いていない。手術を施すことができない場所だったらしい。
 そう遠くない将来、全身に水がたまるようになり、死に至ることになるだろう。獣医さんから辛い宣告を受けた飼い主さんの気持ちを考えると、胸が締め付けられる。犬が人間よりもずっと寿命が短いことは、犬を飼い始める時点で分かっていて、犬が少しずつ老いを見せるようになれば、自分も覚悟しておかねばと思い始める。しかし、その日が近いと言われて、うろたえない飼い主はいないだろう。ましてや、分かっていながら、その日が来るのを止められないとなれば。
 「いつ次に倒れるかも分からないから、元気なうちにお友達のワンちゃんに会えて良かったわ」と、飼い主さんは静かな笑みを浮かべておられた。ルーシーの頭を撫でながら「アンタはまだ若いから、頑張ってね」と声をかけてくださる。(あ)の方が言葉に困って「辛いことを話させてしまって、すいません。」としか言えなかった。
 ゴーくん、充実した一日一日を飼い主さんと過ごして下さい。そして、そんな日々が少しでも長く続きますように。