クレート嫌い

 ルーシーは自分の都合でルールを変える。廊下のつきあたり居間のすぐ近くにクレートが置いてあり、「ハウス」と指示されたら、そこに入るように教えていた。ところが、このところ「ハウス」と言われたらサークルに入るようになってしまった。
 今年の夏は、夜になっても家の中にこもった熱気が抜けなかったため、ルーシーにとっては、クレートで寝るのが苦痛だったらしい。扇風機で風を送っても、自分の体温でクレートがすぐ暑くなる。そこで玄関の窓の側に置いてあるサークルで寝かせることにしたら、そちらも「ハウスだ」とコジツケるようになった。「ハウス」の他に「サークル」という指示もあるのだから、間違えるはずはない。それなのに「こっちがハウスでしょ?」と、しらじらしい。
 ルーシーが、クレートよりサークルが好きな理由は容易に想像がつく。クレートよりサークルの方が内部で動き回れる。サークルは窓際に設置しているので、ルーシーは外の物音やその他の刺激を感じられる。クレートに入る時は寝るときで歯磨きの後だから、指示に従ってもフードはもらえない。一方、指示に従ってサークルに入る時は、食事の後(あ)が廊下を拭き掃除するときだから、ご褒美がもらえる。クレートよりサークルに対して、良いイメージを抱くのは当然だ。
 しかたがないので先日から矯正トレーニングを始めた。今後何かで入院した際にクレートに入れないようでは困るからだ。
 食事の後に、(あ)はクレートとサークルの扉を開けて階段に座り「ルーシー、ハウス」と声をかける。例によって、ルーシーはサークルに入る。(あ)が「ルーシー、『ハウス』だよ。『サークル』じゃないよ。」それでもルーシーはサークルに入って「ここがハウスでしょ?」とシラを切る。
 「あ、そ。」(あ)はサークルの扉を閉める。もちろんご褒美はやらない。すると、ルーシーは「ちょっと!ちょっと!ちょっと!!」と、鼻を鳴らして詰め寄ってくる。「ハウスしたのに、なんでご褒美くれないのよ。」と言いたいらしい。(あ)が「だってルーシー。これハウスじゃないよ。サークルだよ。」と言い要求を無視すると「チッ、バレたか」と背中を向けてゴロリと横になる。
 これを何回か繰り返したところ、ルーシーはあろうことか「『サークル』の指示が出ていないのにサークルに入ったら、ご褒美はもらえない」と理解してしまったらしい。こちらがルーシーに理解して欲しかったのは「『サークル』と指示されたらサークルに入り、『ハウス』と言われたらクレートに入る」なんだけどなぁ。
 食事の後、どうやら(あ)が廊下を拭き掃除するらしいと察したルーシーは、サークルの扉の一歩手前で横座りをするようになった。「私は、ここに入るつもりです。」と意志を表明しているらしい。こっちの顔を見ながら「だから、さぁ『サークル』と言え」と無言で訴える。これでは、どっちが指示しているのか分からない。
 今度は食事の後、おやつを少し用意して「ハウス」と「サークル」を強化する。「ハウス」と言われたら、やはりルーシーはサークルに入る。「違うよ、ルーシー」「ルーシー、こっちだよ」と声をかけても出てこようとしない。そこで(あ)は用意したおやつをクレートの奥に入れる。再び「ハウス」。
 すると、ルーシーは廊下を走り、クレートの中に入って、おやつをむさぼり食う。そして直ぐにサークルにダッシュで戻って逃げ込む。まるでクレートが怖いみたい。そんなにクレートがイヤなの?そんな嫌な目にあったっけ?
 数回同じことを繰り返したら、ルーシーは、スタート地点(コイツにとっては早食い競争みたいなものか?)をサークルの中から廊下中央に変えて(あ)が「ハウス」と言うのを待つようになった。それでも、おやつがないとクレートに入ろうとしないし、入ったとしても「一刻も早く外に出なくては」と焦っている。今のところ、中でルーシーがおやつを食べている間(あ)はクレートの扉を閉めていないが、扉を閉められても、落ち着いて中に留まることができなければ矯正トレーニングの意味はない。
 何があったか知らないが、ルーシーはクレートがキライになってしまったらしい。シツケ教室の先生に「教えたことは毎日きっちり確認しなきゃダメ」と言われていたけれど、やはりそれは正しいようだ。