うぅーむ

 立ったまま動かない−−−それがルーシーにとって、こんなに難しいこととは思わなかった。土曜日のシツケ教室では、一部、優良家庭犬試験の内容をカバーしていて、その中に「立止」というのがある。
 動作自体は至ってシンプルだ。お座りをさせ、その場で立ち上がらせて、OKの指示が出るまで立たせるだけ。ただし、犬はその場を動いてはいけないし、場所の移動がなくても前足を動かさない方が望ましい。前足の問題について、先生は教える内容が高度になった時に「後々、楽だから」と言う。・・・大体「後々」があるのかどうかも定かじゃないのにさ。ブツブツ。授業のこの部分では、(あ)は中国語のような漢字の羅列で頭が痛い上に、毎回自分の「いい加減さ」を指摘され、ブー垂れっぱなしである。
 飼い主の「やる気のなさ」が伝染したのか、ルーシーは、どうしても動いてしまう。お座りをしたところで、ルーシーの胸の辺りにフードを持っていき、立たせて「立って」と声に出す。ルーシーの四つ足が立った状態になったら、すかさず「待て」と指示を出し、その姿勢を維持させる。ヘッピリ腰だったり、後ろ足が揃っていない状態であることを無視すれば、なんとか立ち上がれるけれど、その後がダメなのだ。「待て」と言われた時点で、ルーシーはお尻をつけて座ったり、伏せてしまったり、フードを食べようと一歩前に出てしまう。ゴールデンのレトリーちゃんは完璧!他のラブちゃんたちも、すぐに覚えている様子。
 周囲のワンちゃんがどんどん上手になっていき、ルーシーだけがうまくいかない。先生にはクラスの中でほぼ専従していただき、追加でアドバイスをいただく。「壁際で練習すると良い」やはりダメ。「『待て』を言わなくても、立った状態を維持できれば良い」ルーシーは、自発的に腰を下ろしてしまう。ルーシーにとって「立つ」ことは、普段無意識にやっていることだから、これが自分に要求されている動作であり、特別な動作をするための指示だと思っていないようだ。それどころか自発的に伏せやお座りなどの服従の姿勢を見せて、ご褒美を追加してもらおうと必死である。
 「飼い主が犬の後ろ足の付け根に手を入れて、グッと引き上げて、犬に立った姿勢を意識させて」と言われ、やってみる。するとルーシーは「ん?お母さん、教室で揉んでくれるの?」と不思議そうな表情でこちらを見上げる。そして、(あ)の前に背中を向けて座ろうとする。(あ)は、泣きたいような笑いたいような気分になってきた。

 その様子を見ながら、先生が「ウチのもダメだから」と慰めてくれたけれど、ダメなのはルーシーではない。
 小さい頃に教えたことは、後で教えたことよりも記憶に残っていて、言われなくても無意識にやろうとする傾向にある。その一つが「自発的に服従の姿勢を見せたら褒められてご褒美をもらえる」ということだ。(あ)は、ルーシーの反抗的な性格を考え、むりやりに服従させることはしたくなかった。教え方を自分なりに工夫してきたつもりだけど、それが全部裏目に出てしまっているのだ。知らず、自分で自分に枷をつけたようなものか。うーむ、どうしたもんかいね?