悲しくて憤った日

 夕方近くになって、ルーシーを買ったペットショップへ連れて行く。生後3ヶ月半まで過ごしたせいか、ルーシーは、この場所が今でも大好きで、お世話になった店員さんは、全員いなくなってしまったけれど、それでも店員さんに飛びついて甘える。
 我が家にルーシーを迎えてから、何匹かのボーダーコリーが店頭に出されてきた。ペットショップには、ルーシーが股関節形成不全であることは既に伝えていて、ボーダーコリーを扱う時には注意して欲しいとお願いしていた。店員さんは、こちらが弁償等の依頼をしに来た訳ではないことを知って、明らかに安心した様子だったが、だからといって(あ)の話を真剣に受け止めてはくれなかった。
 今、同じ店内にレッドの♂がいる。実は生後2ヶ月半の頃、店頭に見つけて「ボーダー、入れられたんですね」と店員さんに声をかけた。「この子は、おっとりした性格だし気だてが良いから、直ぐに売れると思います」と自信満々の答えが返ってきた。それから3ヶ月、まだ、この子は買われていない。
 ガラスの向こう側で、彼はルーシーの姿を見つけて大興奮。ケージから飛び出さん勢いで何回も飛び上がっていた。ボーダーは仲間が分かるのかなぁ。生後5ヶ月半といえば、きちんとシツケを始めなければいけない時期だ。(ま、ルーシーを基準にした(あ)の個人的な意見だけど)なのに彼は、まだ飼い主さんに会えないままでいる。
 この店では、それぞれの犬についてカルテが作成されていて、それを見ることができる。金額や生年月日、出身地、ワクチン接種日等が書かれているのだが、この子のカルテには、狂犬病注射の費用とレントゲン代が書かれていた。「レントゲン代って、どういうこと?何か問題があったの?」と訊くと、店員さんは
 「いえいえ、ボーダーコリーは股関節に問題がある子が多いですから、念のため撮っただけです。」
 ペットショップが、商品である犬のレントゲンを撮るようになったということは、少しでも店の意識が変わったのだろうか?それとも、ボーダーを飼いたい人の間に、この犬種には股関節形成不全等の遺伝の病気があるという知識が増えたのだろうか?
 「この子は、遊びが大好きですから、アジとかやらせたらスゴイと思うんですよ。だけど、せっかく家に迎えたのに、体に問題があったら、その家族さん達も悲しむでしょう?」
 思わず「分かるよ。ウチがそうだから」と皮肉を言ってしまった。
 「え?じゃあ、フリスビーとかできないんですか?」
 この店の店員さんには、何回もルーシーが股関節が悪いことを言い、新しくボーダーを仕入れる時には、くれぐれも遺伝の点に気をつけて欲しいと伝えてきた。ルーシーの出身犬舎に言わなければいけないと、連絡先を尋ねた時は「個人情報だから」と教えてもらえず、本社に問い合わせた時は「ネットオークションなので、分からない」等と、全く誠意のない回答をされてきた。それでも、何回も顔を合わせ、ルーシーを可愛がってくれる店員さんですら、ルーシーの問題を覚えていないとは。正直、呆れてしまった。
 「ウチのは、ラッキーなことに、まだ発症していないの。だけど、骨自体は股関節形成不全と診断されているのよ。だからフリスビーも制限しないといけないの。」と伝えると、店員さんは少し安心したような表情を浮かべた。その顔を見たら、ムクムクと怒りがこみ上げてきた。あれだけ言って、なんで覚えていないのよ!何で安心した顔ができるのよ!
 「アンタの会社が仕入したボーダーコリーで股関節形成不全と診断されたのは、ルーシーだけじゃないのよ。私らの他にも、いや私ら以上に辛い思いをしているワンちゃんや家族がいるのよ。」と、言ってやりたかった。ただ、この店員さんに文句を言ったとしても、本社の仕入担当者まで届く訳がないから止めたけど。
 代わりに「もし、この子が売れなかったら、どうするの?」と訊いてみる。
 「大体は1歳までに売れるんですが、もし売れなかった場合には、ずっと、この店に居ます。繁殖に回すことはしません。」
 会社は、近隣地域に数店舗を構えていて、時々別の店舗に回すこともある。しかし、一定の時期を超えたら、同じ店舗に置くことにしているそうだ。
 レッドの可愛らしい笑顔を見ると、彼の幸せを願わずにはいられないし「早く飼い主さんに会えたらいいね」と思う。その一方で、彼が売れてしまったら、この会社は遺伝などに配慮することなく、また新しいボーダーコリーを仕入れるのだろう。そう考えると、売れないで欲しいとも思う。
 会社や店舗は、商品の犬のレントゲンを一回くらい撮ったからといって、責任ある態度をとっていると思わないで欲しい。それは単なるジェスチャーであり、ボーダーコリーを扱う会社や店が本来すべきことは、遺伝的な問題のないボーダーコリーを販売することであり、ブリーダーに対して、そういう子を育てるようにと働きかけることではないか。
 店を出たところで振り返ると、まだレッドはガラスの向こう側からルーシーを見つめていた。この子には、何の罪もないのに「売れないで欲しい」と思うのは、心が狭いだろうか。