ルーシーの罠

 ルーシーは子供が好きだ。なお、最近のブームは乳幼児らしい。
 先月は、なんとサウジアラビアから一時帰国している小さな女の子に出会った。(あ)がルーシーと紐付きボールで遊んでいたところ、お母さんと一緒に見学するようになった。ルーシーが走るたびに、女の子は嬌声を上げ、小さな手を叩いて飛び上がり、体全体で喜びを表現してくれた。
 3日ほど続けて会ううちに、女の子はルーシーと遊んでくれるようになった。と言っても正直なところは、ルーシーがコワイらしく、自分からは近づかない。ルーシーがボールを地面に放り出す(本犬は指示通りに持って来てやったと思っている)と、わざわざ、こちらの手をとって、その場所へ連れて行き「落ちた」と言う。意味するところは「ボールを拾え」である。
 (あ)がボールを拾うと、自分がボールをとりあげて投げる。投げるというよりは、足元に捨てるって距離だけど、ルーシーが取りに行くのを見て、嬌声を上げる。律儀なお母さんは「エライわねぇ」「賢いねぇ」と褒めて下さる。女の子は最後までルーシーに触れることはなかったけれど、ルーシーは、お母さんには褒めてもらい、撫でてもらい、可愛がってもらった。その度に得意そうな表情を浮かべ、背後で目を三角にして特別警戒モードの(あ)を振り返っては、大笑いしていた。
 正確には、乳幼児が好きなのではなく、彼らについている若いママさんが好きなのだ(爆)。
 春先から公園で乳幼児を連れた若いママさんに出会うことが多い。人が比較的少ない時間に、こっそりボールやフリスビーで遊んでいると視線を感じる。少し離れた場所には、ヨチヨチ歩きの子供さんがいて、その体を支えるようにしながら我が子に話しかけるママさんがいる。彼女達の姿を認めた時点で、あらかじめルーシーには「大丈夫だから。行かないよ」と注意しているので、ルーシーも警戒心を募らせることはない。まるで相手がいないかのように、一心不乱にボールやフリスビーを追いかける。
 ふむふむ、「行かないよ」が効いているなぁ。シェーピングの効果が上がってきたなぁ。と、当初(あ)は独り喜んでいた。
 しかし最近気が付いた。これがヤツの作戦なんですわ(爆)。
 「行かないよ」と注意されたルーシーが本当に行かなかった場合、お母さん達は「賢いね〜!」と高い声で褒めて下さる。そして、なおも一心不乱にボールやフリスビーを追いかける犬をご覧になって「この犬はシツケの入った犬」とか、あるいは「少なくとも我が子に危害を与える犬ではない」と見て下さるらしい。そして、自分達からルーシーに近づいて来られる。
 ルーシーの目的は、乳幼児と遊ぶことではなく、若いお母さんに可愛がってもらうことなのだ。そのためには、お母さんに自分が賢い犬であることをアピールすれば良いことを、ヤツは知っている。加えて(あ)から、コマンドに従ったご褒美をもらえたら御の字ではないか。ルーシーは、クモのように用意周到にワナをしかけているのだ。
 また、ルーシーはコマンドに従うフリをしているが、実際は(あ)に「行かないよ」と言わせているとも考えられる。コマンドを出さなくとも、ルーシーは十中八九、自分から相手に近づかないだろう。なぜなら「賢いね〜!」の一言が聞きたいからだ。知らない人の褒め言葉も自尊心をくすぐるものらしい(苦笑)。
 だからと言って、こちらが「行かないよ」のコマンドを出さないワケにはいかない。万が一、ルーシーが相手に飛びついてしまったら?そう考えると「飛びついたら血ぃ見るで」とルーシーに警告しておかなければならない。いずれにしてもルーシーの思惑どおりになる。
 くそ〜、あの得意満面顔は、そういう意味だったのか〜!
 なぜ分かったかというと、今日も親子連れと出会ったのだけれど、こちらはリード付きで歩いている途中であり、(あ)は特別警戒モードではなかった。つまり「行かないよ」というコマンドが出なかった。ルーシーはお母さんの「賢いね〜!」が聴けず、さらにコマンドに従うご褒美ももらえないので、一瞬だけど当惑した表情を浮かべた。自分の耳を掴もうとした乳幼児の手をかわし、それでもお母さんに気に入ってもらいたい一心で乳幼児の顔をペロリと舐めた。その次の瞬間は、お母さんの前にキチンと座ったからだ(爆)。

 ルーシーと暮らし始めて約5年が経とうとしているが、キツネとタヌキの化かし合いは今も続いている。