ミラコー

 ルーシーに新しいことを教えるのには、苦労する。ヤツは、考えなくても良いところで考えて、不必要な動きをして、自分を混乱させてしまう。素直に指示に従えば、できるはずのことなのに。こちらが、人間の論理を押し付けているのかもしれないけど。
 その一方で、こちらが教えてもいないのに、ルーシーができることがあるのも事実。(あ)は「ミラコー」と呼んでいる。ミラコーは、こちらがルーシーに対して、どんな動作を求めているかを示す前に起こることもある。ダブル・ミラコーである(笑)。ただ、ミラコーは――ダブル・ミラコーは言うまでもなく――頼りにならない上に、ジャマになることが多い。
 新しいことを教える時には「どうやって教えようかなぁ」と考える。ルーシーができることを土台にして教えることが多い。ベッグを教えるときはオスワリが土台だし、ロールオーバーを教えるときはフセから。できることをさせるのは、もちろん動作として必要だからというのもあるけど、それ以上にルーシーの学ぶ動機を上げることにもなる。
 先日、ある動作を教えようとしたらミラコーが起こった。土台なしで一発でできてしまったのだ。当然(あ)は驚き、盛大に褒めた。こちらは、もう一度同じ事をさせて強化したいし、ルーシーも同じ事をしたら、トリーツの大盤振る舞いが待っていることを知っている。
 ところが、ルーシーは無意識にやったことなので、自分が何をしたのかを覚えていない。必死に自分が何をやったのかを思い出そうとするが、思い出せずに焦る。考えているうちに「トリーツの大盤振る舞い」が頭の中を占拠してしまう。焦れば焦るほど思い出せない。そして、このままじゃ大盤振る舞いが遠のいてしまうのを感じるようだ。
 邪念が邪魔するというのは、こういう時のことを言うんだろうなぁ。トリーツの大盤振る舞いで頭がいっぱいになったルーシーは、何でも良いから、ともかくトリーツを獲得しようと躍起になる。こちらの指示や要求は、もはや耳を素通りして頭の中に入らない。「アレですか?コレですか?」と、習ったトリックをすべて披露しようとする。やってもやっても、(あ)の口から出るのは「違うよ」「そんなこと言ってないよ」だけ。ますます、大盤振る舞いが遠のいていく。そして動機が下がる。独りで盛り上がって、独りで盛り下がるんだから、エネルギーのムダとしか言いようがない。
 そうなると、また動機を上げるところから始めないといけない。求めていた動作が再び出てくるまでの道のりは遠い。
 これまでミラコーは数回しか怒っていないけれど、(あ)は我ながら毎回対処に失敗している。強化したいことだから褒める必要があるとは思う。繰り返し練習には動機を上げる必要もある。しかし、本犬が、こちらの意図を理解して確信の上でやった動作ではないのだ。無意識でやった動作を、今度は意識を持たせて同じことをさせなければならない。ミラコーが起こっても、大げさに褒めるのは逆効果なのかも。意識を呼び起こすまで待つべきなのかな?
 ちなみに「ミラコー再現待ち」(笑)の期間は(あ)とルーシーの間に妙な空気が流れる。互いの出方を見るというか、変に緊張してしまう(笑)。再現が起こる瞬間、ルーシーは無意識でありながら、意識して動かさなければならない。矛盾しているように聞こえるだろうが。その状態に持っていくのに時間がかかる気がする。
 「かえって、一つ一つの段階を積み上げて教える方が近道かもしれない」と、しみじみ思う。