ボーダーコリーの将来

 オフ会で、さくらの父さんが(あ)を紹介して下さったのだけど、参加者の皆さんは、何のことやら、ご理解いただけなかったと思う。補足説明と、関連する情報を紹介させていただく。

 いやね、自慢ととられたら嫌なので、書くのをやめようかなと思ったのよ。でもね、限られた時間で中途半端に紹介されちゃったもんだから、話を聞いた人が「できるんだ〜」と簡単に考えられる可能性があるもんで(爆)。

 昨年の夏、さくらの父さんから連絡をいただいた。ドイツのある飼い主さんが、さくら家の男の子に惚れ込み、自分が所有する女の子に、彼の子を生ませたい。つまり、日本で精子を採取して、ドイツに送って人工授精させるということ。ついては、連絡の手伝いをして欲しいと。

 初めて耳にした時、思わず「大丈夫ですか?」と口から出た。ご自身でも数多く子犬を取り上げてきただろうけど、人工授精も初めてだそうだし、相手(人間)は面識がないというし。いろんな考えが頭の中をグルグル駆け巡った。

 しばらく「う〜〜〜〜む」としか言えなかったが、相手がドイツの獣医さんであることが分かり、ちょっと安心した。また、ドイツは、日本に比べてブリーディングに関する規制が、格段に厳しいとか。さくらの父さんの「やる気」を確認して、ボランティアで引き受けることにした。

 (あ)が主に扱ったのは、精子採取前に必要となる親犬の検査に関する情報。これは、国によって明確な基準を設けているところもあるし、日本のようにユルユルなところもある。さくらの父さんとあらかじめ合意したことは、●●君(日本側の男の子)についてマイナスの情報があったとしても、それは正直に先方に伝えようということ。一世に問題がでなくても、以後の世代については、考慮する必要が出てくるからだ。

 なお、身体の特定部分の検査といっても、国によって実施する検査内容が違う。獣医さんによる検査だから、国が違っても内容は同じだろうと思ったが、そういうものではないらしい。

 たとえば、ドイツ側が「●●君(日本側の男の子)について、目の検査をしてくれ」と依頼してくるので、日本側は、当然、犬種に特有の遺伝疾患であるコリーアイのことかと思う。で「コリーアイは問題ナシ」と連絡すると、さらに「目の検査をしてくれ」と言われる。

 「コリーアイ以外で、一体、目の何を検査して欲しいの?」と訊くと、「●●君は、素晴らしい。私は彼に惚れてしまった」とか「私は、さくらの父さんと犬に対する考え方が一緒だ」とか、全く的はずれなメールが来る。こちらは、依頼された的確な情報を提供しようと確認しているのに、先方は文句を言われているとでも受け取られたのかしらん?「こちらは、貴女が本当に必要な情報を提供したいだけだから、何を調べて欲しいのか言ってください」と再三言っても、はっきり言わない。未確認だが、先方の主な懸念は、緑内障らしいということが判ったけれど、それ以外のものも求めていたかもしれない。そこは、最後まで、はっきりしなかった。

 なお、検査結果のやりとりで非常に助かったのは、オーストラリアのブリーダーさん(●●君出身の犬舎)が、アニマルネットワークという専門機関で、DNA検査・登録しておられたことだ。

 両方の親犬が登録済みで、DNAプロファイルに遺伝病の因子がなければ、それぞれの遺伝病について検査しなくても、子犬は一応“Clear by Parentage(親犬の血統面ではクリア)”とされる。なお誕生後、子犬についてDNA検査・登録することで、さらに遺伝病の因子が実際にないことが確認・登録でき、次世代の交配の参考にできる。また、別のサービスでは、それぞれの犬種について多い病気(CLとかコリーアイ)だけでなく、イベルメクチンへの過敏反応などについても、DNAベースで調べてもらえる。ペット産業の影響を受けない機関が、こういうサービスを提供し、交配に際して、愛犬協会が検査・登録をブリーダーに義務付ければ、遺伝病は格段に減ると思うんだけど。

 日本とドイツで互いの思惑や希望を探りながら(笑)、また、オーストラリアのブリーダーさんからの情報も加えて、数ヶ月やりとりが続いた。ドイツにいる女の子のヒート時期を訊きながら、夏の終わりに、日本側は精子の採取・発送が完了。次いで、ドイツ側で人工授精が行われ、今年の2月に、特大パピー3匹が誕生したそうだ。意志の疎通が100%上手くいったとは言わないけれど、生命の誕生に―――それも、少なく見積もってDNAベースで最高水準のボーダーコリーの誕生に―――携われたことは誇らしい。

 今回は、ブリーダーさん同士が良心的で、信頼関係を築き、受精・出産も大成功した。良いモデルケースにはなったけれど、(あ)は個人的に、人工授精がボーダーコリーという犬種全体にとって、必ずしもプラスになるとは限らないと思っている。
 顔の見えない状態でコミュニケーションをする場合、相手のブリーダーが、ブリーディングや犬種の将来に対して、どんな考えを持っているかを確認するのは難しい。金銭的な付加価値を求めるブリーダーが、人工授精を悪用する可能性だって否定できない。

 もちろん、人工授精で遺伝病のないボーダーコリーが生まれたら、素晴らしいことだと思う。しかし、このやり方が一般化すると、犬種の遺伝子プールが、どんどん縮小する。ひいては、交配する相手が見つからない時代が来るかもしれない。また、親犬のDNAプロファイルで遺伝病の因子がないとはいえ、子犬が遺伝病に罹らない可能性はゼロではない。“Clear by Parentage”は、単に「親犬の血統面ではクリア」であって、個体が「クリア」ということではない。個体同士がクリアであることを確認して交配をさせなければ、遺伝病の海外流出・拡散になりかねない。

 今、ボーダーコリーを飼っておられ、交配を考えておられる方も、おられるかもしれない。正直に言うと、(あ)としては、人工授精を勧めたくない。ブリーダー(または所有者)同士が互いに信頼し、交配の候補犬に会って気質等まで確認し、DNAプロファイルやマイナスの情報まで交換して、相互が納得した状態で進めて欲しいと思っている。