夕方の来訪者

 夕方散歩から戻り、嫌がるルーシーを膝の上に抱えて足を拭いていると、玄関のチャイムが鳴った。(あ)は、3本目の足を拭いている途中だった。ルーシーを三和土に置くと、またやり直しをしなければならない。そのため、来客が誰かを確認せずに、ルーシーを抱えたままで門まで出た。
 来客は、ルーシーの取っ組み合い友達の飼い主さんだった。いつもはF公園でお目にかかることが多い。犬同士も仲が良いし、何回もお話させていただく機会はあるのに、世間でいろいろイヤなことがあるので、「どちらにお住まいですか?」などと個人的な質問をするのが憚られていた。ところが、ある日、ルーシーを散歩させていて、雪かきをされていた飼い主さんと偶然出会い、こんなに近くに住んでおられたのかと驚いた。
 「教えて欲しいことがあるんです。」と飼い主さん。ルーシーが何かやらかしたのかと、(あ)は、ちょっとドキドキした。「うちの息子が○○を散歩に連れて行ったんですが、その際に遊んでもらって、ルーシーちゃんの尻尾を噛んだらしいんです。」え?逆じゃないの?
 「実は家の中でボールを取り上げようとしたら、本気で手を噛みましてね。そこで、もしかしたらルーシーちゃんにも、○○がそういうことをしたんじゃないかと。」ここだけ聞いたら、○○ちゃんではなく、ルーシーの話みたいだぞ。(あ)の腕の中で、当のルーシーも「何の話?」と目を白黒させている。
 (あ)はF公園でルーシーの相手をしてくれるワンちゃんに、「ルーシーをガブッと噛んでも良いよ」と声をかけている。半分本気である。大体、この公園を訪れるワンちゃんは、シツケが行き届いた賢い子ばかりなので、ルーシーは、みんなに甘え放題なのだ。自分の欲求が満たされないとカンシャクを起こし、吠えて、他のワンちゃんにやつあたりをすることもある。だから、少々教育的指導をしてもらって、本人に我慢することを学ばせたいと思っている。
 「噛まれたとしても、ルーシーは特にケガなどはしていないみたいです。今日も他のワンちゃんと取っ組み合いをしてきたところです。痛い思いをすれば取っ組み合いを避けるでしょうけど、そんな様子もなかったし。逆にルーシーの方が体が大きいから、○○ちゃんにケガをさせたりしていませんか?もし、そういうことがあったら、教えて下さい。」と答えたところ、飼い主さんは、少し安心して帰宅された。
 犬の成長に合わせ、これに直結した様々な問題が発生して、飼い主には悩みが尽きないことは、身にしみて理解しているつもりだった。ただ正直なところ、(あ)は、そういう悩みは、ルーシーという個体のせいであり、自分たちだけに発生するのだと思いこんでいた。ふーん、○○ちゃんでも、そういうことがあるんだ。
 腕の中でルーシーが(あ)の方を振り返り、「ね?」という顔をして見せた。「ね」じゃない。オマエは反省しなさい!!ガウ!