しつけと訓練

 モーちゃんのお姉さんは、(あ)の年齢の半分以下という若さなのに、こちらが恥ずかしくなるくらい、しっかりしたお嬢さんである。犬の訓練士・トリマーをめざし、ビーグルのモーちゃんを育てながら勉強に励んでいる。彼女が、自分の目標に向かって真剣に取り組んでいる姿は、傍から見ていてとてもまぶしい。
 お姉さんだけではなく、モーちゃんも、学校では一日中訓練ばかりという生活を送っているそうだ。モーちゃんは、ルーシーと月齢も近いのだから、まだまだ遊び盛りである。そのため、お姉さんは長期休みの度にモーちゃんを自宅に連れ帰り、F公園で他のワンちゃんと出来る限り遊ばせるように努めておられる。
 お姉さんに話を聞くのは、とても参考になる。今日は、しつけと訓練について教えてもらった。しつけは、基本的に、犬が人間の家庭や生活に順応するように教えるが、訓練はそれよりもレベルが高い。従って、飼い主をリーダーと認識させ、絶対的な信頼を得なければならない。お姉さんの先生は、全国4位という優秀な訓練士だそうだが、その先生でさえ、犬との信頼関係を築くのに少なくとも3年はかかると仰ったそうだ。
 (あ)とルーシーが通うしつけ教室は、家庭犬を育てるのが目的だ。犬が悪いことや粗相をしたからといって、叱ったり叩いたりせず、良いことをしたら褒めて励ますという陽性強化を基本にしている。日々のこうしたしつけで、犬は人間に対して心を開き、人間の生活に積極的に自分を順応させてゆく。しかし、絶対的な信頼となれば、話は別だ。U先生も、犬から絶対的な信頼を得ることには自信がないと、以前仰っていた。
 お姉さん曰く、訓練では「しつけでは、やってはいけないとされていること」もしなければならないそうだ。例えば、犬を放して呼び戻しをする。呼び戻しをしても、飼い主の元に戻ってこない犬には、他の人がその犬にチェーンをぶつける。もちろん犬にケガをさせることはないが、チェーンの音でわざと犬を怖がらせて、飼い主がしっかりと犬を抱きしめる。飼い主は、犬を守る存在なのだと相手に理解させるそうだ。(あ)が参考にしている天罰先生のやり方に似ている。
 確かに通常の陽性強化では、犬に「やってはいけないこと」を教えるのは難しい。飼い主の「伏せ」などのコマンドに従った時ならともかく、いつもやっている悪さをしなかった時に褒めるというのは難しい。例えば、ルーシーの足を拭く時、相手が唸らなかったら褒めるということになるが、褒め方といい、タイミングといい、(あ)は未だに理解できていない。少なくとも「唸ったらイヤなことが起こる」ということを、ルーシーに理解させなければならない。砂漠の豆作戦は、その一つの方法だ。
 だから、訓練では、プラスの陽性強化とマイナスの陽性強化が必要なのだそうだ。飼い主が「伏せ」と言っても、犬が従わない場合には、リードを下に引いて、伏せさせる。そして、もう一度「伏せ」をさせて今度は従った場合に、褒めてご褒美をあげるそうだ。ここで重要なのはマイナスだけではダメで、マイナスの後に必ずプラスを加えることだそうだ。
 (あ)が「家の中でもそうだけど、本当に呼び戻しが必要な時に、ルーシーは私のところに戻ってこないのよね」と嘆くと、お姉さんは「モーちゃんもそうです。ここ(F公園)では呼び戻しが難しい」と仰った。周囲は知っているワンちゃんばかりで、安心して遊べて、犬にとって脅威になるものがない。他のワンちゃんの飼い主さんに、甘え放題だ。陽性強化で呼び戻しを教えたところで、よしんば、犬は「飼い主のところに戻れば、良いことがある」としか認識していない。その「良いこと」が追いかけっこの楽しさを上回らなければ、戻っては来ないのだ。犬が飼い主に絶対的な信頼を寄せていた場合でも、自分が「怖い」と思わなければ戻って来ない。
 だから、ルーシーが(あ)の呼びかけを無視するのも仕方がないことなのか?あきらめないといけないのか?うーん、孫悟空の額の輪っかが欲しい〜。