葛藤

 一般的に犬は、人間に服従する気質を有していると聞いていた。以前(あ)の実家にいた三河犬などは、教えなくても「お手」「お座り」ができた。当時(あ)は小学生だったけれども、この犬から下克上を仕掛けられたり、力比べの挑戦を受けたことはなかった。こちらが大きな声を出せば、犬は、たちまちお腹を見せていた。
 ラブ、ゴールデンなどは、人間に従うこと自体が嬉しいようだ。ご褒美もさることながら、褒められることが最大のインセンティブなのだろう。今まで(あ)が出会った、これらの犬種のワンちゃんたちは「よろこんで〜」と目を輝かせ、尻尾やお尻をフリフリして、飼い主の顔を見ていた。中には「指示を出して」と催促するように、吠えたり前足で掻くような仕草をしたりして、飼い主の指示を促す子もいた。飼い主との絆を、指示に従い相手を喜ばせることで確認していようだ。
 ルーシーを飼い始めて、犬の中には、もっと複雑な犬もいるらしいことが分かってきた。ルーシーは、理性的な部分で、飼い主や人間に従わなければならないということを理解していると思う。その一方で、感情面では、素直に服従することができず、葛藤があるようだ。
 遊んでやろうとボールやフリスビーを投げても、ルーシーは喜々として追いかけるけれど、(あ)のところに持ってくることは少ない。悪い時は、全く持って来ることがなく「そんなに欲しかったら捕まえてごらん」と言わんばかりに逃げ回る。比較的良い時でも、手元まで戻すことは希で、(あ)の何歩か前、微妙な距離を残してポンと落とすことが多い。(あ)の手元まで持ってきたら、おやつがもらえて、ひっぱりっこができることをルーシーは知っているはずなのに。ウェストポーチを開けて、おやつを見せても効果がない。  
 ルーシーがボールやフリスビーに追いついて、こちらに向かって走る間に「ちゃんと持ってきて」と言い、わざと背中を向け後ろに歩いてみた。最初の2回くらいは、なんとか手元まで持ってきたけれど、その後はさらに(あ)から遠い場所にフリスビーやボールを落とす。何なのよ、一体。
 相手のルールに合わせては、ますますあちらの思うつぼなので、ルーシーがこちらの指示に従わない場合には、その時点で遊びを終わりにする。しかし、ルーシーは「終わり?さよか」と全く堪えていない様子。なんだか、こちらが遊ばれている気がする。
 食事の際、今までに教えたコマンドを復習する。食べることは、ルーシーにとって、人間に服従する唯一のインセンティブだ。という訳で、食事の間は比較的嬉しそうに指示に従っているのだが、食べ終わった途端、「クゥゥゥ〜」と両方の前足で頭や顔を掻くような仕草をして、床でのたうち回った挙げ句、バタッと倒れる。まるで「イヤなのに、また(あ)の指示に従っちゃったよ〜。チクショー」とでも言いたげだ。
 プライドが許さないからだろう、指示に服従してもイヤそうな表情を浮かべるし、ひどい時は「聞こえないフリ」をする。飼い主に素直に従えないプライドは、反抗期だからなのか、ルーシーの生まれつきの性格なのか、はたまた両方の理由なのか。ともかく実家にいた犬とは別の生き物のようだ。
 とりあえずルーシーには「オマエ、その生き方は損をするよ」と言いきかせている。