ルーシーの耳に鼻歌

 晴れていれば、走ったり取っ組み合いをしたりして、ストレスと余ったエネルギーを発散させるところだが、梅雨となれば、そうもいかない。しかたがないから歩くだけ。それでも中程度のスピードで1時間は歩かないと、ルーシーは疲れてくれない。雨の中を歩いても、ルーシーはよそ見ばかりして、真っ直ぐ歩かず、周囲をキョロキョロして、時折急に立ち止まり、自分の後ろを「誰か来ないかなぁ?」と眺めたりする。こっちは雨に濡れて一刻も早く散歩を切り上げたいのに。なんだか、こっちのストレスがたまりそうだった。
 先日、雨上がりの舗装道路を歩いていると、中学生の男の子たちが「スタンド・バイ・ミー」を大声で歌いながら側を通り過ぎた。と言っても「オー、ダーリン、ダーリン」というフレーズだけだけど。するとルーシーは「何、何、何なの?」と立ち止まって、彼らが視界から消えるまで、じっと見つめていた。すると(あ)の頭の中に「スタンド・バイ・ミー」が流れ始め、自然と鼻歌が出た。音楽がうつってしまったようだ。鼻歌を歌い出したのは、もちろん周囲に他人がいないことを確認したからだけど。
 すると歩き出したルーシーは、(あ)を振り返りながら笑った。よそ見しなくなって、リードを引っ張ることもなく、すぐ側を歩いている。ん?これは有効かも。
 以来、鼻歌を歌いながら散歩をするようになった。曲目は「ぽんぽこ山のたぬきさん」「水戸黄門のテーマソング」「どらえもんのテーマソング」「ラジオ体操第一」「双頭の鷲」「プロジェクトXのテーマソング(題名忘れた)」から「フライ・アウェイ」「サティスファクション」「アイ・フィール・グッド」までバラバラ。主に歩くスピードで選曲は決まる。ちなみに演歌はテンポの問題で難しい。特に後の二曲については、楽器演奏の部分を歌うと、ルーシーは大笑いして振り返る。よほど可笑しいらしい。
 「ボーン!トゥ・ビー・ワーイルド」と歌うと、驚いて飛びすさる。「笑点」のテーマ曲は、「パフ!」の部分が気になるらしく(あ)の顔を「大丈夫?」と言いたげに見上げていた。
 先日、あるマンションの近くを通ったら、喜多朗のシルクロードのテーマが流れていた。「誰か太極拳でもやっているのかな?」と歩きながら考えていたら、側でルーシーが(あ)を見上げていた。あれを歌えってか?そりゃ無理でしょ。