奥の手

 先日神戸に行った際、トリミングとペット用品の店で、ルーシーのおやつを購入した。レバーと砂肝をそれぞれ薄くスライスして乾燥させたもので、ビスケットやクッキーよりもカロリーは低そうだ。今回購入したのは、ドッグダンスの講習会で使おうと思っていたからだ。レバーはカチカチの板状になっていたので、小さく千切りやすいのだが、砂肝はなかなかそういう訳にはいかない。リードを握って、歩きながら千切ってルーシーに与えるのは無理そうだ。という訳で、砂肝は今週になってから与えるようにした。
 今週からルーシーにサイドウォークを教え始めている。サイドウォークというのは、ヒールウォーク(ルーシーの場合はコマンドが「ついて」)の反対で、ハンドラーの右後方を歩くことだ。一方ルーシーは、長期間をかけ苦労して、ようやくヒールウォークを覚えたこともあり、自分が(あ)の右後方にいることについて違和感を覚えるようになっていた。そして、その違和感は(あ)の想像以上だったようだ。ルーシーは(あ)の右後方に座ることはできるのだが、(あ)が歩き出すとわざわざ左側に回り込もうとする。廊下で練習をする場合(あ)はなるべく自分の左肩を廊下の壁に近づけ右側のスペースを空けるようにして、ルーシーが自分から右側のスペースにいることを選ばせ、それに慣れさせるとともに、左側に入り込まないように努めている。それでもルーシーはスペースのない(あ)の左側に行こうとする。(あ)の左足と壁の間に頭を挟まれることもある。そして思いどおりに左側に行けないことに気が付くと「あう」「あう」と小さなフラストレーションの声を上げる。
 本人も一生懸命やっているのに、うまくいかない。このままだと、ルーシーは練習自体がイヤになってしまうので、特別なご褒美を使うことにした。(あ)が砂肝を袋から取り出した途端、ルーシーの目の色が変わった。(あ)の膝に前足をかけて後ろ足で立ち上がり、目を大きく見開いて「何それ?何それ?」と鼻をクンクン言わせている。これなら頑張れそうだ。シメシメ。
 「サイド」と言ってルーシーを自分の右後方に座らせる。クリッカーを鳴らして右手に持った砂肝をルーシーに少し囓らせる。再び「サイド」とコマンドを出して、砂肝を右手に持ったまま歩き出す。ルーシーが右後方をついて歩いてきたらクリッカーを鳴らして、砂肝を与える。完璧!!
 これを何回か繰り返したが、失敗はゼロだった!本人も褒められて笑っている。ヨシヨシ。では砂肝を見せずに同じことをやってみよう!
 驚いたことに、砂肝を見せないとルーシーは(あ)の左側に入り込もうとする。クリッカーが鳴ったら砂肝がもらえることは同じだし、理解しているはずなのに。(あ)が「さっきやったのと違うじゃん!」と言うと、ルーシーは「?」と首を傾げる。どうやらルーシーは食べたい一心で砂肝に釣られて動いていただけで、「サイド」というコマンドは全く頭に入っていなかったようだ。
 最初からやり直しである。それでもブツを見せたらバッチリなのに、ブツに鼻面をつけられないと必ず失敗する。うーん、苦手分野の克服だから失敗するのかしら?
 そこで砂肝を使って「バウ」を教えることにした。ところが、これも砂肝を見せないと「伏せ」をしてしまうのだ。ルーシーを立たせた状態で、砂肝を見せながら手の中に入れ、「バウ」と言った後で、その手を前足の間、少しお腹に近いところに置くように動かす。すると、後ろ足は曲げずに前足を伸ばして、お尻を突き出し「お辞儀」をする。そこで言葉だけでコマンドを出すと、今度は後ろ足を曲げ、お腹をベッタリ床につけてしまう。どうやら砂肝のことで頭がいっぱいで、コマンドまで覚えていなかったらしい。
 長い時間の練習は効果が上がらないので、適当なところで切り上げる。タメイキをつきながら片づけていると、廊下の床にはルーシーのヨダレが点々と落ちていた。しつけに奥の手を使うのも、考えものだなぁ。大好物ではなく、好物くらいにしとけば良かった。