ロング・ドライブの悪夢

 (あ)の長年の友達が滋賀県に家を新築したので、自宅に招待してくれた。また、もう一人の友達が、自分の車にルーシーも乗せても良いと言ってくれたので、簡易クレートに乗せてロング・ドライブに出かけた。

 ルーシーが新築物件の敵であることや、最近知らない人に対して吠える傾向が出てきたことを考えると、即座に「ありがとう。お言葉に甘えるわ」とは言いにくかった。その一方で、長時間ひとり自宅に置いた場合には、気になって友達との久しぶりの再会も楽しめない。(あ)は、しばらく悩んだけれど、とりあえずルーシーを連れて行くことにした。
 簡易クレートは、プラスチック製のものとは違い、突っ張り棒みたいな簡単なプラスチックの骨組みに、ビニールを張ったもの。四方にメッシュの部分があり、夏は涼しいだろうと(た)が購入した。ところが数回使用しただけで、ルーシーはメッシュの一部を破いてしまった。我が家の車はセダンなので、後部座席にしかクレートを積めない。背もたれに破れた部分を当てることで、なんとかしのいでいたのだ。
 友達の車はハッチバック。とりあえずクレートを積んで走りだしたのだが、ハッチバックが半ドアになっていることが分かり、途中のパーキングで積み直すことに。ハッチバックからクレートを取り出して後部座席に移動させるため、後部座席の背もたれを動かしたら、なんとルーシーが破れ目から頭を出した。ゲ、穴が大きくなっとるやんけ。
 車が大好きなルーシーは、後部座席にクレートを移してもらったおかげで、視界が広がり興奮したようだ。いつもよりも激しくクレートの中を歩き回って、ハアハア言っている。朝は早起きして1時間半も散歩したのに、よくもまぁ疲れないもんだ。
 (あ)は、車が高速道路に乗ったら、ルーシーはそのうち疲れてクレートの中で寝るだろうと、タカをくくっていた。二人がルーシーを無視して、お喋りをしていたら、飽きて寝てしまうだろう。ところが、しばらく高速を走っていると、急にルーシーの息が荒くなった。ハァハァすごいなぁ。ん?なんだか耳元で聞こえるぞ。
 振り向くと、ルーシーが運転席の背もたれに前足をかけ、満面の笑みで前方を眺めていた。運転している友達と助手席の(あ)の間から顔を覗かせているではないか!! 
 ギョエー!!
 (あ)の心臓は一瞬確かに止まったと思う。ルーシーが車の群れに集中している間は良いが、運転中の友達にイタズラでもしようものなら、全員あの世行きやんけ!私らは自業自得としても、友達や残されるダンナさんはどうすんのよ!
 どうやらルーシーは、メッシュになった入り口のジッパーをこじあけて、頭を出したらしい。かぶりつきで前方を行く車の動きを目で追いかける。慌ててアキレスを取り出し、ルーシーをクレートの中に誘導してジッパーを閉める。しかし助手席でシートベルトをしたままでは、体の動きが制限されるのでジッパーを完全に閉めきることができない。ルーシーはアキレスをむさぼり食べると、すぐに入り口から出てきてしまう。「アキレスを入れる→クレートに入る→食べる→クレートから出る」を繰り返し、なんとか目的地のインターチェンジに到着したら、5〜6本あったアキレスはほぼなくなっていた。
 さすがに友達宅に到着すると、ルーシーはお腹が一杯、そのうえ疲れには勝てずに寝ていた。そのおかげで帰り道では「完全復活」を遂げていた。クレートのプラスチックの骨組みを壊した上に、メッシュ部分に体当たりを食らわせ、我が家に戻った頃にはクレートは原形を留めていなかった。
 驚いたことに、後部座席で悪魔が狂乱していたというのに、ハンドルを握る友達は非常に冷静だった。「なんつーても、ボーダーはラブよりも軽いから、それだけでもダメージが小さくてエエわ。」と平気な顔。やんちゃなラブちゃんの世話をしていた経験から「これくらいは大丈夫」と(あ)を安心させてくれた。
 でもね、やっぱ私はダメだわ。ルーシーがクレートから脱出したと分かったら、パニックを起こして、ガードレールに突っ込んでしまうもん。とてもじゃないけれど、ルーシーをロング・ドライブに連れて行くことはできない。想像しただけでも冷や汗が出る。