懺悔

 今日は(あ)が大失敗をやらかした。逃走を幇助してしまったのだ。
 主犯はルーシーのお友達のワンちゃん。夕方、F公園で遊んでいるところ、何を思ったのか突然逃げ出してしまった。(あ)はこのワンちゃんに脱走癖があるのを知っていながら、「大丈夫かなぁ」と若干の不安を感じている飼い主さんに、不注意にも「大丈夫でしょ。ここは沼がないし。」と言ってしまったのだ。
 確かに、今回遊んでいた場所は奥まっていて沼がなかった。この公園を訪れるワンちゃんの中には、沼の魔力に取り憑かれ入っていってしまう子が多い。犬を惹きつける沼の魔力は、水の冷たさだったり独特のニオイだったり。中には茶色い水に胸まで浸かりながら、ジャブジャブと泥水を飲む強者もいる。沼に入ると、水で洗っただけでは汚れは落ちない。飼い主さんは必然的にシャンプーをすることになる。一方、沼がない場所では、自然の呼び声に誘われることは少なく、飼い主さんの制止も聞こえるだろうとタカをくくっていたのだ。
 ボーダーコリーは、動く物に刺激を受けて本能のスイッチが入る。このワンちゃんの場合、ニオイが大きな刺激であり、特に野生動物のニオイに惹かれる子が多いらしい。このワンちゃんは、しばらくの間、おとなしく地面のあちらこちらのニオイを嗅いでいたが、どうやら何かのニオイに気が付いたらしく、惹かれるままに、立ち入り禁止の柵の向こうに行ってしまった。
 慌てておやつを出し、飼い主さんと一緒に名前を呼ぶが、ワンちゃんは全く戻ってこない。F公園に出入りするワンちゃんの多くがそうであるように、このワンちゃんも(あ)のポーチが大好きだ。「おやつだよ!」と大声で呼ぶが、ポーチの前に座るのはルーシーとフラッシュ君だけ。飼い主さんが柵を越えてワンちゃんを捜索したが、姿が見えないと言う。
 さらに(あ)がボンクラだったのは、柵の向こう側をたどっていくと、車道に出てしまうことを知らなかったことだ。車道との境目には柵もない。交通事故に遭う危険性もあったのに。
 ルーシーを連れ、大声でワンちゃんの名前を呼びながら公園内を歩く。全く姿が見えない。そろそろ日没だ。黒いワンちゃんは、見つけるのが難しくなる。このワンちゃんの自宅方向に向かって歩くが、姿はやはり見えない。陸橋の上から通りを目を凝らして見るけれど、犬はいない。公園の側に交番があるので、飼い主さんが付近を捜索している間に(あ)が立ち寄り、迷い犬の連絡が入っていないか確認した。
 交番の中には3人の警官がいた。「黒の雄のラブが迷子になっています。赤い首輪に電話番号が書いてあるので、お手数ですが、保護されたら飼い主さんに連絡してあげてください。」(あ)がそう頼むと、中の一人が「その(迷子)犬、お宅の犬?」と訊く。
 「いえ、お友達のワンちゃんです。一緒にいたところで逃げちゃったもんですから」
 「本人さんは?」
 「本人は、今、心当たりを探しています。」
 「本人さんに来てもらって」
 「ですから、今、駆け回って探しているところです。犬が保護されたらで良いですから、飼い主への連絡をお願いします。」 
 「本人さんに詳しいことを訊くから、本人さんに来てもらって」
 警官のとりつくシマのない態度に、(あ)は自分のミスを棚に上げてムカッときた。こっちは警察の部隊を動員して捜索しろと言っている訳じゃない。迷い犬が保護されたら、直ぐに動物保護センターに送るんじゃなくて、飼い主に連絡をしてやって欲しいと言っているだけだ。予め情報を提供するだけなのに、どうして飼い主本人が来ないといけないの?こっちは「黒の雄のラブで赤い首輪をしている」と言ってるじゃない!
 真っ暗になった公園を再び通り、遠回りして帰宅する。ルーシーを置いて再び出かけようかと思案していると、飼い主さんから連絡が入り、ワンちゃんは無事に見つかったそうだ。良かった〜!
 よくよく訊けば、このワンちゃんは身柄を確保される前に。コー○で目撃されていたらしい。脱走現場からそのスーパーに行くには、車道をたどる方法しか考えられない。この時間帯は、家路を急ぐ通勤の車も多かったはずだ。(あ)の不用意な一言で、このワンちゃんを大変な危険にさらしてしまった。今更ながら、自分の罪の重さに頭が痛くなる。
 飼い主さん、本当にゴメンナサイ。半分は私の責任です。本当にゴメンナサイ。