ハーディング〜”How Dogs Think”

 先日のオフ会でボーダー軍団に出会うことができ、ハジケたルーシーは、他のワンちゃんにハーディングを仕掛け、飼い主の呼び戻しの声も耳に届かなかった。幸いなことに他のワンちゃんが賢い子ばかりだったので、ルーシーは相手にキレられることもなく、思う存分「なんちゃってボーダー」ぶりを発揮していた。
 この日のルーシーは、久しぶりに追い駆けっこをしたこともあるが、遊んでいる間は水も飲まず、おやつにも反応せず、排泄もせずという状態だった。一回は強制的にリードにつなぎ、他のワンちゃんから隔離してリーダーズ・ウォークをしたら、途端にNo.2(巨大)をやらかした。排泄したい欲求よりも、追い駆けっこをしたい気持ちの方が強かったということか?恐るべき執念である。
 "How Dogs Think"によれば、犬のハーディング能力は、生まれつき持っている生き残るための能力のひとつであり、狼が群れで狩りをするときに作用する遺伝子と同じ遺伝子が働いているという。大型の動物を狩るには、対象動物の群れの動きをコントロールする必要があり、そのためには自分の仲間と協力して動き、対象の群れから一匹のターゲットを孤立させ殺す。狼の狩猟行動は、牧羊犬のハーディング行動のベースになっており、遺伝子に組み込まれているものなのだ。
 この遺伝子が最初に出す指令は、対象動物の群れの周囲に、群れから等しい距離を保って位置につくことだという。群れの左右に等間隔の位置につこうとするため、狼は群れの周囲をグルグルと回り、円を描きながら少しずつ群れとの距離を詰めて、群れを集めていく。狼と牧羊犬が違うところは、狼は複数で狩猟をするところを、牧羊犬は一匹でこの作業ができることにある。
 牧羊犬は、まず群れからどれだけの距離を置くべきかを決める。次に羊の群れの周囲を走って、(実際にはいないけれど)パートナーがいるべき位置へ行く。位置を移動することで大きな円弧を描き、パートナーがいるべき位置で時折立ち止まる。こうして羊の群れを集めていく。
 次に遺伝子が出す指令は、奇襲攻撃をかけることである。狼の場合は一匹が仲間から離れ、狩りの対象から見えない位置で伏せて隠れる。仲間の狼が対象の群れを集め、その狼がいる位置へと追い込む。牧羊犬が走り回り、時折、羊の群れを見つめながら地面に伏せるのは、この行動からきているらしい。牧羊犬特有のニラミは、羊が移動しないようにガンをつけているらしい。それでも羊が動くようなら、牧羊犬は即座にグルグル周囲を回る行動を再開するという。
 対象の群れを特定の方向に動かそうとするのは、遺伝子に組み込まれた行動なのだそうだ。時折、群れに向かって短い距離をダッシュし、相手の動物の踵などを噛んで進む方向を変えさせる。レーガン元大統領は、ラッキーというブヴィエを飼っていたのだが、ラッキーは大統領をターゲットにしていたらしい。ある時、大統領のズボンを噛みケガをさせたところを不運にもカメラマンに撮影され、雑誌に記事が掲載されてしまった。この一件の後、ラッキーはカリフォルニアのレーガン牧場に返され、ハーディング本能がなく小型の(大統領のお尻に届かない体高の)キャバリエ・スパニエルが交代でホワイトハウスにやってきたという。
 狼の群れには「アルファ」と呼ばれるリーダーをはじめとする厳しい上下関係がある。牧羊犬の場合は、羊飼いがアルファの役割を果たすため、作業中の牧羊犬は絶えず羊飼いの方を窺い、指示を仰ぐのだという。
 残念なことに、ルーシーは牧羊犬どころか「なんちゃってボーダー」であり、飼い主を「アルファ」などとは、ちーとも考えていない。従って呼び戻しの声も耳を素通りしてしまうのだ。(あ)のタンスの中には、2年前にルーシーが穴を開けたズボンがまだ残っている。まさかとは思うが、今でも私を「羊」と思っていないだろうな?