茶の間の時間

 夕食を食べてハミガキを終えたら「茶の間の時間」である。バテバテの(あ)はテレビと扇風機の前に横になり、ルーシーは庭に面した窓の側か和室の扉の前辺りに陣取り、オモチャをカミカミして遊んでいる。ルーシーは一人遊びに飽きたら、ゆっくりと(あ)の前にやって来て、(あ)のお腹の辺りに自分のオシリを乗せるように座る。「ルーシー、(テレビが)見えないよ」と文句を言うと、口の端で笑いながら前足を滑らせて横になる。「撫でてくれ」ということらしい。
 くっついていると暑くなる。自分からくっついてきたクセに、暑くなると前足でこちらを蹴って距離を置こうとする。かなり失礼なヤツである。そして、一人で廊下に出る。
 「台所の熱が残る茶の間より、フローリングの廊下の方が涼しいのだろう。」「テレビの音がうるさいのかな?」と、昨日までは思っていた。しかしルーシーは一旦廊下に出た後、また茶の間に戻ってくる。それを約10分の間隔で何回か繰り返しているうちに、(た)が帰宅するのだ。
 最初に廊下に出るのは、玄関の方向で門を開ける音がするからだ。お隣の若旦那さんが帰宅した音だ。門が出す音は、少し似ているかもしれない。この音を聞くと、ルーシーは「お父さんが帰ってきた?」と確認しに行くのだ。若旦那さんと(た)は全く勤務地も違うし、あちらは車で通勤されている。だから若旦那さんが帰宅したとしても(た)がその後すぐに現れる訳ではない。二人の帰宅に全く因果関係はない。それにルーシーのことだから、ちまたでよく耳にする犬のESPはありえないだろう。(でなきゃ、こんなに鈍くさい訳がない。)
 カチャカチャと我が家の門を開ける音がする。ルーシーは廊下に出て(た)が帰ってきたことを確認する。何回も「まだかな?」と廊下に出るほど、会いたくて待っていたのなら、(た)が家に入った途端、飛びつきチューを炸裂させてもおかしくない状況だ。ところが、なぜかルーシーは茶の間に戻ってくるのだ。
 わざわざ、マグロ状態の(あ)の側に戻り再び横になる。「お父さん、帰ってきた〜!!」と、大笑いをしている。こちらが「ルーシー、お父さんを待ってたんでしょ?お父さん、帰ってきたよ。『おかえりなさい』は?」と声をかけても、ルーシーはお腹を見せ「撫でて〜」。そして(あ)の鼻を囓ろうとする。
 廊下を通り茶の間に現れた(た)は「なんだよ、ルーシー」と不服そうだ。そりゃそうだ。ドッグフードを含むエサ代を稼いでいるご主人様がご帰宅なさったのだ。それなのに家族ときたら、茶の間で二人してひっくり返っている。奥さんはともかく、犬くらい三つ指をついて、もとい前足を揃えて迎えてくれても良いはずなのに。
 当然(た)は知るよしもない。ルーシーは(た)が姿を見せるまで、ず〜〜っと待っている。オモチャをカミカミしていても、(あ)の側で寝ていても、耳はウソをつかない。ず〜〜っと玄関方向に向いている。
 それなのに、なぜ甘えに行かないのか?そこはよく分からない。「お父さんが、こっちに来て」と思っているのかも。あきらめ顔の(た)が食卓につくと、ルーシーの興味は(た)自身から(た)の食事に移ってしまう。そして(た)の食事が済んでも、なかなか寝床に行こうとしない。(あ)と交代にテレビ番となった(た)は、スポーツニュースを見ている。その側でルーシーは伏せてまどろみながら、茶の間の時間を楽しむ。こうして夏の夜は更けていくのだ。