トラの威を借る

 昨日の夕方、公園でルーシーとボール遊びをしていたところ、見知らぬ小学生の女の子4人がやって来た。「ワンちゃん、さわっても良いですか」と訊けるところが、この地域の子供達の素晴らしいところだ。「飛びつきチューするけど、それでも良ければどうぞ」と言うと、ルーシーを優しく撫でて可愛がってくれた。
 つい最近まで、ルーシーは散歩中も自分を可愛がってくれそうな人を探し、自分に興味のなさそうな人でも誰彼かまわず「チューさせて〜」と飛びついた。グループ登校途中の小学生の群れを見つけると「この子が私を可愛がってくれるのかな?」とキョロキョロ見回して確認していた。知り合いの小学生が「ルーシー!」と声をかけたり走り寄ったりすると、後ろ足で立ち上がり鼻を鳴らし、気が狂ったようにピョコピョコ飛び跳ねて全身で喜びを表していた。コイツには特別なレーダーが備わっていて、知らない子供達でも自分を可愛がってくれそうな人には敏感に反応するのだと思っていた。喜びの表現方法は間違っていたけれど、ルーシーが人にフレンドリーなのは良いことだと思っていた。
 ところが、昨日のルーシーは違っていた。おとなしく伏せて撫でてもらっていても「いいのかなぁ?困ったなぁ」という表情。おざなりにペロリと相手の手を舐めて、ナーバスな笑顔を見せた。居心地が悪いのか、急に立ち上がりボールをくわえて(あ)の手元に持ってくる。(二人きりで遊んでいるときは全く持ってこないクセに)「私は忙しい」と言いたげに子供達を無視し、側に伏せてボールに集中しているフリをする。なんだかなぁ。良いところが失われつつある気がする。
 また最近になって、見知らぬワンちゃんや大人が近づくと小さな声で唸ることが多くなった。人の場合は、相手が何の目的で近づいてくるのかが分からず警戒することが多いようだ。危害を加えることはなくとも、唸られて気分の良い人はいない。だからルーシーが唸る前に、こちらが近づく人の姿を認めて「おいで」と声をかけて呼び戻すことが多くなった。
 このような時の呼び戻しには、ルーシーは素直に応じる。やはり不安なのだろう。しゃがんだ足の間にすっぽりと自分の体を入れて、こちらに背を向けて座る。頭や胸に手を置き、優しく撫でながら「大丈夫だから」と声をかけると安心するようだ。口を大きく開けて「ヘヘヘ」と笑っている。
 知らない人が通り過ぎるまでルーシーを撫でながら、自分の弟のことを思い出した。
 小学生の(あ)は、ある日、帰宅途中に弟と友達が言い合いをしているところに偶然行き当たった。早生まれの弟は、同級生に比べて体も小さく、からかわれていたようだ。「オマエの母さん、デベソ」というようなことを言われたのだろう。弟は「ウチのお姉ちゃん、めっちゃ強いんだからな!!」と言い返していた。小学生の(あ)は苦笑するとともに「う〜ん、これで良いのか?」と思った。
 ルーシーの場合も同じではないのか?人間の言葉は話せないが、この大笑いは「こっちには、お母さんがいるもんね〜」と言っている気がする。
 呼び戻しをするのはかまわないが、これを続けることで、見知らぬ人間すべてに対して警戒心を持たせることにならないだろうか。