私はフラストレーションの塊

 土曜日の教室。気温の上昇とともに、ルーシーのやる気が低下。大好きな車に乗り、大好きな先生に「飛びつきチュー」をかまして、一通り自分の目的を達成して満足したら、いきなり涙目。・・・眠いのかい!
 音楽をかけてデモをしてみるも、ルーシーの反応が異常に遅い。特に苦手な技になると涙目で「へへへ〜」と笑いながら、こちらを見上げるだけ。こりゃ、アカン。「それじゃ得意技から」と、ウィーブなどをやってみるも、これもスピードが激遅。
 ひとつは、朝の散歩があまりに遅くて、食事の時間も遅くなってしまっていたから。ルーシーは授業前に昼寝することもできず眠かったし、さして空腹でもなかった。こちらが、いくら大好きなトリーツを出しても、相手からはヘラヘラ笑いしか出てこない。
 なだめすかして、リアバックを復習。できるだけスムーズに動けるように。どうも(あ)の手の誘導が上手くなかったようだ。まだまだ個々の技も完成までは遠い。ゴロンとロールは、ゴロンはまだしもロールが非常に厳しい。自宅のフローリングで「ようやくできるかなぁ」という程度だから、カーペットになると、引っかかるのかも。ルーシーは天井を見上げながら足をバタバタ。それじゃベリーアップだよ。8拍で伏せるところまで入れようとすると、(あ)はルーシーと視線を合わせようとするらしく、屈んでしまう。これじゃ遠隔でもなんでもないわなぁ。
 8拍X3で、ゴロン→ロール→ゴロンという連続技は、ルーシーにはムリなんじゃないか?先生は先週も「このままで」と仰ったけど。これまで何回も先生に訴えてきたが、どうも先生には伝わっていない気がする。代替案として、一つ新しい技を練習して披露してみたが、まだまだ技の完成度が低い。これからの練習期間のことを考えてのことだろうが、先生は「このままで」と仰った。
 あまりにもルーシーの動きが悪いので、ひとまず休憩を兼ねて係留。先生が「シャドウで動いてみましょう」
 シャドウというのは、シャドウ・ボクシングみたいなもので、犬なしで人間だけがダンスをすることだ。ディスクで言えば、投げ練にあたるだろうか?実は、このシャド練(あ)は大の苦手である。
 なんでかっつーと、こっぱずかしーからだ。自分がやっている間、その姿をチラリとでも想像してしまうと、恥ずかしくて気持ちが萎える。投げ練はまだ良い。傍から見たら「ディスクを練習してるのね〜」と理解してもらえる。だけどダンスのシャド練は違う。犬がいないのに、コマンドを出し「キープ!!」と叫び「グッド!」と高い声で褒める。それも人が往来するホームセンターの一角で。これほど挙動不審な人物がいるだろうか?案の定、知らないおばさんが近づいてきて先生にコソコソと質問。こちらはクサクサした気持ちが高じて、完全にヤケである。
 一段と大きな声で「グ〜ッド!」聞いたか、ババァ!私は、このバカ犬のせいで、こんな恥ずかしい目に遭ってるんだから。こんな恥ずかしい目に遭っているのに、バカ犬には私の努力は通じないんだから。本当に何のために、誰のためにやってるんだか!
私って本当にバカみたいだ!!!
 フラストレーションが募って塊になると、人間には不思議なパワーが生まれるようだ。傍で見ていたルーシーが目を白黒させるほど大きな声が出る。それでも不毛は不毛だ。練習を終えたところで、先生がコメント。
 「犬にはベーシックもダンスも同じです。だから犬がイヤだと言っても、首根っこを掴んでもやらせてください。ただし、その後のフォローが必要で、次にもう一度コマンドを出して犬が従ったら、必ず褒めてやることさえ忘れなければ、犬がダンスに対して悪い印象を持つことはありません。」
 先生。それは「青空ちゃん基準」じゃないでしょうか?ルーシーと青空ちゃんは、全く性格が違います。青空ちゃんは、飼い主である先生を喜ばせたい、先生に褒められたいという子ですが、ルーシーはそういう気が全くないです。同じことをやって通用するとは思えないんですが。
 「ルーシーでも同じです。それにね、それがクリアできたら、Iさん(つまり(あ)のこと)とルーシーの関係は、さらに上のレベルに行けると思います。」・・・そうかなぁ?元も子もなくなる気がするが。
 帰り道の車の中で(た)に相談。「所詮、遊びなんだからさ、あんまり真剣にやらなくて良いんじゃないの?」う〜〜む、そういう問題じゃないんだけどなぁ。
 不思議なことに家に戻ってからのルーシーは、なかなか廊下からリビングに入ろうとせず、(た)に「ルーシー、何をスネてんの?」と笑われていた。(あ)は一人アニメ映画を見ていて「ペンギンだって踊れるのになぁ」と考えていた。
 しばらくすると、ルーシーがおずおずとやって来て、(あ)の口元をペロリと舐めた。どうやら車の中の二人の会話を聞いて(あ)が自分に腹を立てていると思ったようだ。こちらが「ルーシー、大丈夫。次、ガンバロ」と声をかけると、安心したのか側に寝転がって見せた。
 苦笑して「謝ってるのかな?」と(た)に訊くと「一晩寝たら忘れとる」とのこと。そうでしょうとも。