仁義なき戦い

 今年は冷夏なのか、8月から秋の気配を感じていた。夕方の公園にはトンボが群れ飛び、今では木々の葉の色も少しずつ変わってきている気もする。それとともに、頭の中にモヤモヤした不安が膨らんでいる。ルーシーが精神的に少し不安定になってきた気がして。
 兆候が見られたのは2週間ほど前くらいから。カラスに唸る。やたらとしつこく地面のニオイを嗅ぐ。マーキングの回数が増える。コマンドを出しても直ぐには従わない。尻尾追いの回数が増える。呼び戻しをしても反応が鈍くなる。
 黄昏時にリードを付けて歩いていると、突然口の中で小さな声でウーと唸り始めた。周囲には、ワンコや他の動物の姿はなく、大声でお喋りに興じるおばさん達しか見あたらなかった。「ルーシー、言わない」と注意されて声は小さくするのだけれど、依然口の中でウー。リードを引っ張り注意しても「アウ〜」→「ウ」→沈黙(笑)。かなりシツコイ。
 2日ほど前、公園でルーシーとディスク遊びをしていたら、遠くから自転車で黒い中型犬を連れた人が走ってきた。木々に遮られて姿は一瞬しか見えなかったが、(あ)も「ピーター君とママさんかな?」と思った。そして近づくにつれて別人・別犬であることが分かった。ルーシーを呼び戻すことにして、「カム」と数回指示を出す。「ルーシー、ピーちゃんじゃないよ。イーグル君だよ(実際はイーグル君ではなくムサシ君だった)」と声をかけたが、ルーシーは戻ってこない。最後には、(あ)がルーシーの背後から近づいて制止したけれど、それでもなお振り切って相手の方へ行こうとした。
 問題は本能的な欲求が強くなってきたこと。そして、飼い主の指示や注意を無視する傾向が出てきたこと。通常一回のコマンドで従わない場合には、もう一度声のトーンを抑えてコマンドを出す。大抵の場合は(あ)の声が低くなると、ルーシーは我に返る。叱られると思うからだ。ところが、最近こちらの声が届かないのか、それとも意図的に無視しているのか、おそらく両方だと思うが、こちらを振り返ることをしない。
 振り返ってみると、こういう兆候が見られ、ヒドイ場合は流血事件に発展するのは、決まって春と秋だ。ルーシーは避妊手術をしているが、地域のワンちゃんが発情期を迎えつつあるのを感じてか興奮しやすくなる。気が立ちやすく、飼い主に対して反抗的な態度をとる。
 そして昨日、ルーシーはついに(あ)を噛んだ。大嫌いなブラッシングで、お腹側にファー○ネーターをかけられ、ルーシーは唸っていた。いつもは「コワイのが来るよ」と言われると我に返るのだけれど、この日は一瞬ひるんだ後に威嚇のカチッ。首根っこをつかまれて叱られると、今度は指を噛んだ。ここで負けるワケにはいかないので、こちらは力づくでも相手に降参させる。ここが正念場である。
 今までの経験で分かったのだが、ルーシーは完全に降参させないとダメなヤツである。「その場を適当に切り抜けたら良いや」と思っている。だから同じ失敗を繰り返す。個人的には大嫌いだが力を使わざるを得ない。特に身に付いた悪癖については、なおさら必要になる。反抗心の芽を摘み徹底的に降参させないと、飼い主の声をどんどん無視するようになるからだ。
 (あ)は、ルーシーに接するとき、これまで厳しさや緊張感を追求していなかった。「犬とは互いにリラックスした時間を過ごしたいし、自分は相手にムリヤリ言うことをきかせて喜ぶ性格ではない。」本当にそう考えていたし、そう言ってきたけれど、本当は違うかも。これまで苦労して少しずつ築いてきた関係が、ルーシーと対決することで壊れるのが怖かった。しかし、もっともらしい言い訳をして逃げてはおれない。今回は、緩んだタガをきっちり絞めるつもりだ。そうすることで、自分や周囲の人々やワンちゃん達、そしてルーシー自身を守りたいと思っている。