真夜中の出来事 2

 すべては、5月に遡る。
 元より、(た)は、高血圧と糖尿病の治療を受けている。40代のはじめに、会社の健康診断で見つかり、社内では産業医に定期的に診断を、何ヶ月に1度は会社の系列病院で詳しい検査・診断・投薬を受けている。
 (た)は、冬から新しい役割を与えられ多忙だったため、6ヶ月近くも病院に行かなかった。従って、持病の薬を飲んでいなかった。GWあたりに、病院に行ったところ、持病以外の問題が出てきた。検査をする度に問題は増えていった。
 こちらが「どうだった?」と訊いて、ようやく検査の結果をチョロリと出してくる。そして、決まって、こちらの料理について文句を言う。「大体、アンタの料理は塩辛過ぎる」「タンパク質が多すぎる」「野菜が多すぎるのも問題だ」etc.
 (あ)は「なぜ訊かれる前に、自分から言わないんだ?」と腹立たしく思いながら、それでも、ひとつひとつ受け入れて、料理も改善してきた。
 ほどなく、(た)は「教育入院を勧められた」と言い出した。
 教育入院というのは、入院中に検査・治療を行うのに加えて、管理栄養士さんから食事内容などのアドバイスを受け、運動の仕方などを教わるものだ。実際に糖尿病等の病気の診断がなくても、病気の疑いがある、病気の予備軍と認められれば、教育入院の対象となる。
 ちなみに、(た)は40代から、すでに2回も教育入院を経験しており、2回目が終わった時、(あ)は「普通の検査・治療のための入院はともかく、もう教育入院は止めてね」と言い渡した。言わんとしたことは「もらったアドバイスをきちんと実行して、退院後は再教育を受けなくても良いように自己管理をして欲しい」ということだった。
 ところが、(た)の生活態度は変わらず。単身赴任から戻った今年の1月からは、毎週2回は飲み会。
 5月に持病以外の問題を指摘されて、さすがに飲み会の回数は減ったけれど、アルコールを断つことはなかった。飲み会の回数が減った分だけ酒量が増えたのか、朝まで酒臭いこともあった。
 こちらは断酒を要求している訳ではない。少量であれば毎日晩酌しても構わない。その分を運動して1日単位で相殺すれば良いのだから。
 しかし、5月以降も(た)が、自分で運動するとか、ルーシーの散歩をするとか、自分から言い出すこともなかった。密かに期待していたけれど、少なくとも自宅では、全く努力しているとは思えなかった。
 なぜ、自分自身が努力しないで、他人が自分のためにやっていることに、アレコレ文句を付けられるのだろう?
 「家族だから仕方がない」と自分に言い聞かせながら、毎日、そう思わない日はなかった。
 で、事件当日の朝――。
 件の病院から教育入院の予約のことで自宅に電話が入った。すでに(た)は出社していたので、(あ)はメールでメッセージを伝えた。その日は飲み会と分かっていたから、メールに、
 「あなたには、教育する意味がないから、私は教育入院には反対だけどね」と書き添えた。
 かなりキツイ一言だが、その日だけでも酒量を控えてくれればと思ったからだ。憎まれるだろうけど、家族としては釘を指しておかないと。
 残念ながら(あ)の思いは全く届いていなかった。(た)は、泥酔した上、家族以外の人間にまで大迷惑をかけた。そして、その尻拭いまでさせられた。
 私はオマエの母親じゃない!!!!!
 (た)には、思わず「顔も見たくない!」と言ってしまったが、それは自分の精神状態を守るためでもあった。
 (た)の顔を見ると、怒りで体調がおかしくなるのだ。だから、この3連休は地獄だった。ともかく自分の仕事に没頭して過ごした。
 変調の症状が更年期の症状にも似ているから、診断は難しいだろう。今のところ病院には行っていない。
 「自分の何がいけなかったのだろうか?」とボンヤリ考える毎日である。