真夜中の出来事 3

スイマセンが、まだ引っ張ってます。今回もルーシーの出番はないので、ご興味のない方は無視して下さい。

 「教育入院させてもらいます」]悪びれた様子もなく、(た)は宣言した。そして「貴女が、どうして教育入院に反対なのかが理解できない」と。こちらは、思わず、
 「逆に、どうして当然の権利のように、そんなことが言える訳?」と訊き返してしまった。
 言っておくが、(あ)は教育入院という制度や内容に反対なのではない。最初の教育入院では、(た)は糖尿病の『予備軍』だった。本物の患者になる前に、本人の自覚と家族の注意を喚起し、具体的な対策を紹介してもらった。ここで手を打てば、本物の患者になる可能性が減るし、または、結局はそうなるにしても、時期を遅らせられる。食事内容の変更や運動の重要性を教わり「お酒を飲むことがあっても、運動したり、食事を減らしたりして、1日単位で相殺すれば良い」と教わった。
 教育入院をしている間は良い。完全に病院に管理され、成果が上がらないはずはない。問題は退院後。過去2回の経験から考えるに、良いアドバイスをもらっても退院後に本人が実践せず、元の黙阿弥になることが目に見えている。どうして、大金を溝に捨てることを認められようか?
 「入院するだけの金はある」と、(た)は笑った。
 当たり前だ。こちらが努力してきたからだ。
 昨年の単身赴任で、初期費用と2倍近い生活費がかかった。もちろん(あ)は自分の生活費を切り詰めて出費を減らそうとした。しかし、2年のハナシが1年で終わってしまったので、これらの出費は、2年目の単身赴任手当てから回収できなかった。今年始めから、自分の仕事は断ることなく、どんなに条件が悪くとも、すべて受け入れてきた。ほとんど外食もせず、節約して挽回してきた。自分のものは、(た)が「買ってやる」と言ってくれたもの以外は、すべて自分のお金で購入。ルーシーのアレルギー療法食も、介護用のマットも(あ)が負担。
 (あ)は、半年以上も苦労して、家計をなんとか立て直してきたのだ。こちらは全く休みがない。ストレスがたまったからと言って、外食や散財するのは本末転倒だから我慢してきた。昨年から地道に努力してきた人間が反対する権利や資格は充分あるだろう。そうして時間をかけて積み上げてきた苦労の成果を、自分に与えられた当然の権利のように無駄遣いされては、たまったものではない。
 そう言うと、(た)は黙ってしまった。
 (た)が「黙る」というのは、こちらの正論を理解したとか、受け入れたということではなく、嵐が過ぎ去るのを待つ。それだけのこと。結局、自分が反省することも、改善しようと行動することもない。「のれんに腕押し」は、既に 分かっていたことだけど、会話は続けなくては・・・。
 (あ)は、ストレスで左腕が痺れてきたけれど、話し続ける。
 確かに、ここ1ヶ月くらいは、飲み会の回数は減ったけれど、1回に飲む量が増えているのはなぜ?どうして、前後不覚になるまで飲んでしまうの?
 「ストレスがたまって、つい飲み過ぎた。」
 ストレスの解消は、お酒じゃないとダメなの?運動とか別のものに切り替えられないの?
 「運動って言ったって・・・そんなもんじゃ解消しない」と(た)は苦笑。まるで分かってないなと言わんばかり。
 ご近所のEさんはテニスをされてて、私も誘われたけどさ、そういうグループに入っても良いんじゃない?昔はハイキングとか、自分から出かけていたじゃない。そういうのは?
 「中高年の運動は・・・」
 別にテニスじゃなくても良いよ。太極拳でも、ラジオ体操でも。みんな集まってやってるよ。貴方は、ここらへんで運動している人は、リタイヤしてヒマを持て余している人だとバカにしてるみたいだけど、そういう人ばっかりじゃないよ。仕事前に走っている人もいるし。
 「・・・」
 それに、もはや、お酒が自由に好きなだけ飲める体じゃないんでしょ?
 だから、こちらが反対しても教育入院するんでしょ?
 「・・・」
 私はね、断酒をしろと言ってるんじゃないのよ。1日単位で運動や食事の制限でチャラにできるんだったら、毎日飲んでも良いと思ってる。それには「ここまでなら飲んでも良い」という量を決めて、守らなきゃダメだけどね前の教育入院で習ったでしょ?
 「いや、それは・・・(渋い表情)」
 自分のことなんだよ。お酒が自由に飲めないとなれば、他のストレス解消法が要るでしょう?今からでも考えなさいよ。
 一体、貴方はどうして欲しいの?一体、貴方は私に何を求めてるの?
 母親役?アンタの母親は別にいるでしょ?私はゴメンだわ。
 それとも、言いつけ通りに「ハイ、ハイ」って従う家政婦なの?家政婦が欲しいなら、文句を言わないで、これまで通りやってあげる。
 その代わり、お給金をちょうだいよ。お金、払いなさいよ。
 だけど、それは家族じゃないよね。そういうことなら、(不始末の)尻拭いはしないよ。身柄引渡書にもサインはしないからね。
 「・・・」
 こういうと決まって、貴方は黙って嵐が過ぎ去るのを待ってるみたいだけど、この期に及んでは、それじゃ済まないよ。それで済む状態じゃないんだもの。だから教育入院するんでしょ?
 「・・・」
 私だって更年期だし、自分の体と付き合うのに苦労してること、去年から(貴方に)言ってるよね?自分のことで精一杯なんだよ。最近、左腕が痺れるけど、更年期の症状と重複するから、医者に行っても診断がつかないもん。お金の無駄だから行ってないの。なのに、どうして毎回、私がアンタのツケを払わされなきゃいけないの?
 「・・・」
 どんどん虚しくなってきた。それと同時に、ある疑念が浮かんできた。