真夜中の出来事 4

ホント、すいませんね〜。ルーシーについては次回。
 「(た)は、アルコール依存症なのではないか?」会話中に疑念が浮かんだ。
 これまで(た)と何回か話してきて、話題がお酒のハナシになると、その次の瞬間に、(た)は露骨に「オマエは分かっていない」とバカにしたような態度をとったりこちらの提案をハナから拒否したりする。話題が食事や運動では、ある程度は聞く耳を持っているが、ことが飲酒になると反応が違う。この日も「毎日飲んでも構わないと思っている」と言って相手を安心させ、その上で「飲んで良い量を決めること」を提案したところ、その時点で露骨に拒否の姿勢をとった。
 これは・・・もしかして?いやいや・・・まさか。
(あ)の古い友人の父親が、自他共に認める「アル中」だった。常時飲んでいないとダメで、食事(特に固形物)をほぼ全く摂らず、一日中チビチビと飲んでいた。
・・・あれがアル中(アルコール依存症)だよなぁ?
(た)は、常時、飲酒してはいないし。飲み会がある時以外は、家でも飲んでいないはずだし(隠れて飲んでたら分からないけど)・・・。

ネットで調べてみると・・・

(ある精神科のサイトから)
 少しでもアルコールを口にすると、ほどよい量で切り上げることができず、必ず飲み過ぎて問題を起こしてしまう。アルコールをほどよい所でとめる能力が無くなったためである(コントロール障害)。
 いったんコントロール障害を起こしてしまうと、一生もとに戻らない。するめがいかに戻れないのと同じである。だから、アルコールで問題を起こしたくないと思えば、完全にアルコールを断つ以外に方法はない。
 コントロール障害を起こしているかどうかは、検査では分からない。その人のアルコールの飲み方で判断するしかない。

コレだ!(た)は、アルコール依存症の中のコントロール障害だ!!
過去の1年間のある期間に、下記の6項目のうち3つ以上が同時に起こっているときにのみ、アルコール依存症と診断する。(国際疾病分類の第10版の診断基準をもとに一部改変)
 (1) アルコールを飲みたいという強い欲求がある。また、飲んではいけないと思いながらつい飲んでしまう。
 (2) 飲酒の時間や量をコントロールすることができない。
 (3) 飲むのを止めたり量を減らしたりすると、離脱症状が出る。
 (4) 酔うために必要なアルコールの量が増えてきている。
 (5) 飲酒に関することに多大の時間、お金、労力を使い、それ以外のことをおろそかにする。
 (6) 飲酒によって問題が起きているのが明らかであるにもかかわらず、飲み続けている。
(た)の場合、(2)、(4)、(6)が該当しているのではないだろうか?

他のサイトも見てみる。
(ウィキペデ●アから)
(前略)初めのころは毎日飲むわけではなく、何かの機会に時々 飲むだけという機会飲酒から始まる。しかし、何らかの原因で毎日飲む習慣性飲酒に移行することも多く、習慣性飲酒となると同じ量の飲酒では同じように酔うことができなくなり、次第に飲酒量が増えていくことになる(耐性の形成)。(中略)何らかのきっかけがあればさらに飲酒量が増え、いつの間にか依存症に陥ってしまうという危険性は充分はらんでいると言える。
 一見すると本人が自分の判断で好んで飲酒しているようにみえ、患者自身も好きで飲酒していると錯誤している場合が多い。そのため、患者にアルコール依存症のことを告げると「自分は違う」などと激しく拒絶をされることも多々あり、否認の病気とも言われている(後略)。
 また、アルコール依存症の形成を助長するものとして、アルコール依存症になる人の周囲には、酒代になりうる小遣いを提供したり、過度の飲酒で生じる社会的な数々の不始末(他人に迷惑をかける、物品を壊す、等)に対して本人になり代わり謝罪したり、飲酒している本人の尻ぬぐいをする家族など(イネーブラー(enabler)と呼ばれる)が存在することが多い。 イネーブラーは飲酒している当人の反省を必要とさせず、延々と過度に飲酒することを可能にしてしまうとされる。逆に、一切のイネーブラーがいなくなった り、医師から死を宣告されたりしたことをきっかけに、本人が「底つき体験」(「どん底体験」ともターニング・ポイントとも呼んだりする。“このままでは大変なことになる”という意識の発生)をし、それをきっかけにアルコール依存症から立ち直ることがある。

 警察沙汰で、知らず(あ)はイネーブラーにされたんではないだろうか?
 だとすれば、到底許せない。
 お巡りさんに対して、平謝りに謝った自分が恨めしい。
「次回から放置して下さい。凍死したって、本人は本望でしょうから」と突き放すべきだった。今は本当にそう思う。