超早朝散歩
まだ星が出ている時間に家を出る。台風接近のせいか湿度が高く、外へ出た途端に、じっとりと汗をかく。
この時間帯だと、まず他人に会うことはない。ウォーキングやランニングをするには、足元が暗すぎるものね。
S田谷公園は上と下の出入口付近には街灯が灯っているけれど、上下をつなぐ坂道の街灯は消灯されている。街灯のついた上の方から、真っ暗な坂を下りる。坂の左手は崖と池だ。
闇の中で足を踏み出すときに「実は、坂がなくて崖だったりして」と考えて妙なスリルを楽しんでいる。
いいや、ルーシーと一緒なら。落ちて死んでも怖くないや。いっそ、その方が簡単かもしれん。
義母に言われたことが、ずっと頭から離れない。考えるのを辞めたいけれど、それもできない。
暗闇の中を歩く間は、考えなくて済む。ただただ、足を踏み出すだけ。意外にも、ルーシーも素直に付いて歩いている。
ルーシーが飛び退り、ハッと我に変える。茂みに身を潜めていたネコが動いたり、足元に転がっていたセミが「ビビビーッ」と抗議の声を挙げたり。ルーシーの表情は見えないが、「ハッ、ハッ」と息が荒い。「びっくりしたなぁ〜、もぉお〜」と、こちらを見上げているに違いない。
暗闇に包まれながら「大丈夫だよ」と声をかけ、ルーシーの頭に手を延ばす。ヤツには見えないはずなのに、ちゃんと頭を持ってきてくれる。「歩こう」と声をかける。尻尾がユラリと優しく揺れるような気配がした。
我々がF公園に近づく頃、空が白んで来る。
あぁ、また一日が始まるんだなぁ・・・。
暑い、暑い一日が。
朝焼けの光に雲がオレンジに染まってきた。木々に最初の光が差す瞬間、セミがワァァンと鳴き出す。
セミは、夜明けを待っていたのかなぁ。
短い生涯の中で生きていることを実感しているのかなぁ。
セミは鳴くことが生きることなのかなぁ。
それとも鳴きたくなくても、自動的に鳴くようにプログラミングされているのかなぁ。
芝生の横にある遊歩道を通り抜ける。突然、ルーシーの歩みがピタリと止まる。
視線の先の芝生の上に、茶色い塊が2つ。
・・・キツネだ。
1匹は、その場にうずくまっている。もう一匹は、犬に似た甲高い声で「ワン、ワン」と鳴きながら、離れた茂みへと走って逃げた。
親子かなぁ。親がルーシーの注意を引きつけようとしたのかも。
足元のルーシーは低く小さな声で唸っていたが、こちらの視線を感じて、顔を見上げた。「行っちゃったよ」とヘラヘラ笑っている。
セミやキツネやルーシーのように、単純に、自分が生きることに専念できたら楽だろうなぁ。