リーダーシップと叱り方

 「家でルーシーをちゃんと叱っていますか?」先週、他のワンちゃんの飼い主さんに言われた言葉である。この飼い主さんはベテランで、しつけにも精通されており、ルーシーの成長を子犬の頃から見守ってくださっている。(あ)は、シツケ教室の先生と同じくらい、この飼い主さんにはお世話になっており、アドバイスを仰ぐことも多い。
 (あ)の通う教室は陽性強化を方針にしていて、基本的に叱らず、犬が良い行動をした時に褒めて育てることを勧めている。しかし、この飼い主さんが見るところでは、「この子の性格では、それではダメ」らしい。「犬にイヤな思いをさせないと、自分がしたことが、いけないということが分からない。我慢することも教えないと。」と仰る。
 たとえばルーシーは足を拭かれると、歯を剥き唸り声を上げる。以前は、その上に手を噛もうとしていた。噛むことがいけないことは分かってきて、それは止めたけれど、それでも足を拭かれる度に歯を剥き唸る状態は続いている。陽性強化では、歯を剥き唸るのを止めた時に褒めて、静かにすることが良いことだと教える。しかし、それでは「歯を剥き唸ることが悪いことだ」と、ルーシーには分からないという。叩いてでも相手にイヤな思いをさせ、それが悪いことだと教えないといけないという。
 また、(あ)がフリスビーで遊んでいる時も、ルーシーは手元までフリスビーを持ってこない。遊びとはいえ、ルーシーは自分でルールを作ってしまっている。これは飼い主のリーダーシップを認めていない証拠であり、人間のリーダーシップを認めさせるのは、本来生後6ヶ月くらいでやらなければならないことらしい。
 家の中だけの話なら良いけれど、公園など他の飼い主さんやワンちゃん、犬のことを知らない人々の中で遊ぶ場合には、リーダーの指示に従わせることが前提となる。指示に従わせるためには、飼い主のリーダーシップを確立し、犬に認めさせなければならない。この飼い主さんの指摘では、(あ)とルーシーはそこができていないし、このままだとルーシーが皆に疎まれ避けられるような存在になってしまうと仰る。
 自分では充分に叱っているつもりだった。歯を剥き唸る度に、(あ)は鼻面に手をかけ「いけない」と注意し、それを止めたら褒めてフードを与えていた。そして、今ではほぼゼロに近くなってきたのだが、ルーシーが噛もうとしたら、鼻面を掴み、体をひっくり返して叱る。ところが「それじゃ、ルーシーは痛くも痒くもない」と言う。だから今でも歯を剥き唸り続けているのだと。
 帰宅後、足を拭く段になって(あ)は心を決めた。とりあえず、多少暴力的な手段を使っても、いけないことをいけないと教えなければ。
 いつものように「イヤだ」と歯を剥き唸って、意思表示を続けるルーシー。「いけない」と言葉で注意。それでも唸り続ける。再度「いけない」と注意して叩く。それでも唸り続けるので、鼻面を掴み、口をこじ開け、舌を掴んだ。抵抗し手を噛むルーシー。ここで負ける訳にはいかない、相手がキャンと言うまでは。再度足を拭く。さらに歯を剥き唸るので、再度口をこじ開ける。今度はルーシーも必死で噛みついてきた。絶対に負けられない。ルーシーの口の中に(あ)の血が流れて、真っ赤になった。それでも負けられない。両顎を両手で掴み体をひっくり返し、腕でのど元を押さえつける。ルーシーが鳴いたのを確認して、とりあえず体を離す。ルーシーはゴマをすることも忘れた様子で、隠れる場所を探している。足を拭く作業を再開。ルーシーは鼻面に一瞬皺を寄せたが、思い直して横を向いた。そこで(あ)は「グッド」と声をかけた。
 とるに足らない小さな一歩かもしれないし、その一歩も遅すぎるかもしれない。それでもルーシーに我慢することを教えなければ、周囲の人々やワンちゃんに対して迷惑をかけることになる。人間でもそうだけど、教えたことが100%守られる保証はない。ましてや相手は別の動物だ。予測不可能な行動だって取ることもある。だからこそ、飼い主として、できること全てを実行しなくてはいけないのだろうな。
 3日が経過して、ルーシーに噛まれた(あ)の右手の薬指は、感覚がなく痺れたままだ。これも生後6ヶ月でやらなければならないことを一年近く放置したツケということか。